Chernobyl Medical Fund Newsletter (3)

その国のプライドを否定しないこと

3年 吉田 佳世


 私は実際の菅谷先生の講演より、その後の質問会のほうが印象に残っています。菅谷先生という方と直に言葉を交わせた分、感動が大きかったからかもしれません。もちろん、講演会の時は多少周りの人たちといろいろ話しをしながら聞いていたので、その分集中ができていなかったという理由も否定できませんが…。ともかく、そのより印象深かった質問会の方に関して、感想を書かせていただきました。
「汚染された地域に行くことに恐怖感はないのですか?」 私も講演中に疑問に思ったことのひとつでした。私はいままで、自分が今いる場所から遠いところに、飢えや病気や貧困で苦しんでいる子供たちがたくさんいることをもちろん知っていました。戦争がまだ各地で起こっていることも承知していました。それらのことについて友達と議論したこともあります。
その時私はこんなことを言った記憶があります。「私は自分が知らない人が100人死ぬより、自分の知り合いが1人死んでしまう方が怖い。結局は自分が一番かわいいってことだけど。だから、困っている人たちの為になにかしなきゃ、なんて事、軽はずみに言えないよ」と。
これは、正しいか間違っているかは別としても、私なりの正義感でした。今の私は、彼らになにかをしてあげられる力も勇気もなく、自分の周りのことだけで精一杯です。だから、彼らのことをかわいそうとか、助けてあげたいとかいう偽善ぶったことは言う資格はない、と考えていたのです。
それだけに、菅谷先生が自分の健康を顧みず汚染地へ単身渡っていって、そこの食べ物を食べ、水を飲み、現地の人々と生活したという話は、感嘆というか、驚きというか、なんかこう自分とは心の広さが違うなぁと感じました。そしてその行動の裏には、大きな使命感とか、人類への博愛とか、そういうスケールの大きなものをなんとなく想像していました。だから、「そんな事は全然考えていませんでした」という菅谷先生の答えはとても意外でした。というか、むしろ拍子抜けしました。
でもよくよく考えてみれば、その方が自然なのかも知れません。目の前に困っている人がいたら、それを助けたいと思うのは人間の本能です。それが自分にできることならなおさらです。全ての物事を理由づけしようとするのは私の悪い癖で、本当は人を助けるのに理由なんていらないのでしょう。現にもっと小さなスケールで考えたら、悩んでいる友達の相談にのったり、迷っている人に方向を教えたり、そういう親切は理由なんてないごく当たり前の日常生活の一部なのだし。そしてその延長線上に菅谷先生の行った医療支援などというものもあるのかもしれません。
「先生の謙虚さ、これはもとから性格の一部として持っているものなのですか? それともこういうお仕事をなさる上で身につけたものなのですか?」 先生がなさったことは、結果的に数多くの賞を受賞されることになりました。つまり世間に先生はすごい、と認められたのでしょう。なのに先生はおっしゃいました。「私のやったことなんてとてもちっぽけで、ここにいる皆さんの役になんか少しもたたないかも知れません」
先生は、どの国の人にもその国のプライドがあるとおっしゃいました。そしてそれを否定しないことが、謙虚であることに繋がるのだ、とも。また、若い人はどうしても自分に自信があるから、自分が自分が、と言う風になってしまうときがある。でも自分には自信がないから、だから謙虚になるのだと。おかしな方だと思います。これだけ有名になり、講演会にいらしてまでいるのに、自信がないと明言してしまうのだから。おかしな人だけれども、とても魅力的な人だと思います。
「先生はチェルノブイリの原発事故に、医療という形で貢献なさりました。でも、医療がチェルノブイリで苦しんでいる人々を救う唯一の方法ではないと思います。たとえば、私は工学に興味があります。工学の分野からチェルノブイリを助ける方法はなにかありませんか?」
先生は、ついこの間、東大の工学部に講演に行ったとき、まったく同じことを聞かれたとおっしゃいました。今の東大の学生は、苦しんでいる人の事は考えず、自分たちは光の下で研究をしているのだという信念のもと、ただひたすら勉強していて、でも彼らの教授はTVでチェルノブイリなどの現状を見て、これではいけないとおもい、先生に講演を依頼したのだと。
チェルノブイリでの事故は、原子工学という学問の、いわば裏の面を映し出しています。技術の発展が実は人類に不幸をもたらす可能性があるということを、いずれ日本の最先端技術を担っていくのであろう東大の工学部の生徒たちに説明するということは、とても意義のあることだったでしょう。そして、その話を終えた後、菅谷先生は質問に対してこう答えられました。「私は工学には詳しくありません。だから、それはあなたが考えてみてください」
なかなかつらい宿題です。今の私では逆立ちしても答えは出せません。だからもっともっと勉強して、もっともっと工学の光と影の部分について知って、ある程度の経験をつんで、初めて自分なりに答えが出せるようになるまで、先生とチェルノブイリの方々には待っていただこうと思います。




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