Chernobyl Medical Fund Newsletter
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チェルノブイリ原発事故後21年に思うこと

   
 
いつもチェルノブイリ医療基金をご支援いただき誠にありがとうございます。
 
事故後21年の今年、思うことを少し述べさせていただきたいと思います。
 ここ何年か、テレビでも新聞でも毎日のように目にするのは一列に並び頭を下げているおじさん達の姿です。それを目にするたびに、情けなさと恥ずかしさと憤りを感ずるのは私だけではないと思います。
 大人たちのあんな姿を見た子供たちは、いったいどう思うのだろうと、説明がつかない気さえします。もちろん、頭を下げられているすべての方がそうだという訳ではありません。心の伝わってくる方もちゃんと中にはいらっしゃるのですから。
 
21回目のチェルノブイリデーが間近な3月末、やはり同じように、一列に並び頭を下げているおじさん達の姿が画面にありました。国が指示した発電所の不正総点検で、さまざまなデータのねつ造・改ざんが行われていたというぎょっとするような内容のニュースでした。一瞬、背筋が寒くなったのを覚えています。
 
臨界事故隠しや制御棒トラブルなど、原子力だけでも12原発で97項目にも上る報告があったといいます。データのねつ造や改ざんは、これまでにもたびたび報告されてきましたが、そのたびに電力会社は視聴者に向かってなのか、目の前にいる記者に向かってなのか、頭を下げ続けてきたのですが、また同じことが繰り返されていました。
 今年1月には、東京電力の原発で緊急冷却する水の注入ポンプの故障を順調に動いているように偽装。3月には、東京・東北電力で原子炉が緊急停止したのを隠していたことが判明。そしてさらに3月15日には、北陸電力志賀原発で1999年に
臨界事故が起きていたのを隠ぺいしていたという悪質な不正が発覚。数え上げればきりのないほどの数で、ただただ呆れるばかりです。そして電力会社の幹部からは「当時、改ざんが悪いという意識はなかった」などという発言もあったといいます。大きな事故にならなかったから報告しなかったなどという、安易な考えがいつ大事故につながるか分かりません。チェルノブイリ事故の教訓は何もいかされてなく、電力会社の方々には遠くの国での出来事のように思われているのではないかと感じてしまいました。
 人間のすることには間違いもあり、限界もあります。何かが起きたらそのつど原因を確かめ改めていく。小さな事故が大きな事故にならないように日頃の心がけが大切だと思いました。そして私たち大人を見ている子どもたちの目が、これ以上冷ややかなものにならないように、恥ずかしくない生き方をしていかねばならないと思いました。
 最近の年金問題もあり、団塊世代のど真ん中のおばさんである私は、この記事を書いていてちょっと熱くなってしまいました。お見苦しいところがございましたら申し訳ございません。
 チェルノブイリ事故後21年に嬉しい
ニュースもありました。
 信濃毎日新聞で、6部構成42回にわたって連載された「20年目の対話 チェルノブイリ原発事故」が日本科学技術ジャーナリスト会議の
第2回科学ジャーナリスト賞を受賞されました。取材にあたった山口裕之記者は、1997年ベラルーシで白血病の少年の手術に立ち会い、2005年に現地を再訪。14歳で亡くなった少年と家族の20年をたどりながら、松本市のチェルノブイリ連帯基金や信州大学の医療支援活動の軌跡を追い、本当に深く掘り下げた興味深い内容の記事を書かれていました(その中には菅谷先生はじめチェルノブイリ医療基金の活動も報告されています)。わたしどもチェルノブイリ医療基金にいつも協力してくださる山口記者はじめ信濃毎日新聞の関係者の皆さまに心からお祝いを申し上げます。
 事故後21年の今年、あちこちで起きた電力会社の不正が
チェルノブイリの悲劇を忘れることのないように」と、そんなメッセージになるように願っています。チェルノブイリの子どもたちをはじめ、日本の、世界の子どもたちが平和でありますように、これからも小さな力ですが精一杯の努力をしていきたいと思っております。支援者の皆様、これからもチェルノブイリ医療基金に変わらぬご支援をお願い申し上げます。


理事長 宮田貴美子



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