森田 達也先生(聖隷三方原病院 緩和治療科)
【総合内科力+心療内科力で 非がんの緩和ケアを磨いた1冊】
本書は、まず、一番最後の編者紹介の写真を眺めるのが正しい読み方に違いない。編集にあたった優しそうな(仮面をかぶった)2人は、1名が心療内科アイデンティティ、もう1名が総合内科アイデンティティ(のはず)である。本書では、編集者の総合内科・心療内科志向によって緩和ケアが磨かれているようにみえる。
本書のカバーする範囲は広い。心不全だけ! 認知症だけ!! ではなく、臨床医がよく出合う緩和ケアの対象となる非がん疾患が網羅されている。特に、腎不全・肝不全は出合う頻度の割には、これまであまり取り上げられてこなかった。だるい・かゆい・なんかおちつかないときに、どのような方法があるのか? が具体的な処方例を添えて解説してある。
-「患者を総合的にみることが緩和ケア」という思想-
総合内科的視点としては、症状緩和や精神的サポートといった緩和ケアそのものの部分だけでなく、「原疾患に対する標準治療」をしっかり記載して、原疾患の治療をきちんとすることが緩和ケアにもなることを訴えている。「予後とアドバンス・ケア・プランニング」として実会話例を含めて指針をわかりやすくまとめていたり、各疾患に特徴的な社会的制度について「〇〇のソーシャルサポート」としてまとめていたりするところにも、「患者を総合的にみることが緩和ケアである!」との思想が貫かれているに違いない。
心療内科的視点も至るところに豊富である。コラムでは、“カリフォルニアの娘症候群”(ぽっと出症候群とも記載 ^ ^)に対して、否認・葛藤状況で説得に入るのではなく、「動機づけ面接」という技法を用いることなどが言語化されている。呼吸困難に対して「パニック障害」の治療を行った事例がさらっと記載されているのも、呼吸器内科でありつつ心療内科医でもある編者の持ち味だろう。
緩和ケアの広がりは3領域に象徴される。すなわち、①がん領域における早期からの緩和ケア、②地域全体での地域緩和ケアプログラム、そして ③すべての疾患に対する(非がんの)緩和ケアである。非がんの緩和ケアにおける新しい世代の書籍として、フロントラインにいる多くの読者に好評となるに違いない。
木澤 義之先生(神戸大学医学部附属病院 緩和支持治療科)
緩和ケアは、疾患を問わず、命を脅かす「重篤な状態」にある患者と家族が、必要に応じていつでも、どこでも受けることができる医療である。しかしながらわが国ではがんを中心に提供されており、まだがん以外の領域で十分に行われているとは言えない。
本書は松田能宣先生、山口 崇先生という2名の、臨床・研究・教育の力のバランスが取れた素晴らしい緩和医療専門医が編集した、がん以外の疾患に対する緩和ケアの入門書であり実践書である。私達が臨床で出会うことの多い、心不全、COPD、CKD、肝硬変、認知症、神経難病について、それぞれの領域の専門診療+緩和ケアを実践している医師が執筆している。しかも、すべての項目で予後予測とアドバンス・ケア・プランニング、そしてソーシャルサポートの方法が書かれており、この3点は日常診療の質の向上に有用だろう。
緩和ケアは、重篤な疾患をもつ患者とその家族の苦痛を緩和し、今後の治療やケア、生活を最後まで支えていくことがその専門性である。エンドオブライフをその人の人生に沿って支えるジェネラリストと言ってもいいかもしれない。本書で貫かれているぶれないポリシーに拍手を送るとともに、すべての緩和ケア医とジェネラリストに一読をおすすめしたい。
川越 正平先生(あおぞら診療所)
非がん患者の緩和ケアという広範囲の命題について、困ったときにすぐ使える「入門書なのに実践的」な書籍が刊行された。確かに、肝不全などこれまであまり取り上げられていない領域などもあり、非がん患者に関わる読者にとっても目新しく有益だと思われる。なかでも、ACPに関するくだりは秀逸だと感じた。ACPは日々の臨床のなかで“現在進行形”として実施すべき営みであることが明記されており、臨床実践に役立つことは間違いない。
また、介護・福祉にまつわるソーシャルサポートの項を設けた点や、こころとからだについて丁寧に言及している点も本書の特徴である。さらに、エビデンスや評価ツール、計算式、オンラインで利用可能なサイト等が数多く紹介されている(名称の紹介だけでは初学者が使いこなすことが難しいものも散見されたため、代表的なものだけでも引用紹介してもらえればさらによかった)。
このように、本書はがん領域で言うところの「早期からの緩和ケア」というキャッチフレーズにとどまらず、非がん疾患の“軌道学”を踏まえた、狭義の支持療法、リハビリテーション、口腔ケア、栄養介入、緩和ケア、ソーシャルアクション、ACPなど、一体的に提供するべき営みを紐解く入門書と言える。そもそも、われわれ臨床医に期待される役割は、「疾病を管理する」ことだけではない。そして、非がん患者に提供すべき医療ケアは、狭義の「緩和ケア」だけでもない。患者の生活といのちを継続して支え、その時々に適切な介入を行い、意思決定を支援し、医療以外の手段も総合する形で提供し続ける、まさに「総合医」「主治医」としての営みだと言えよう。
なお、認知症やフレイル・サルコペニア、CKD等については、疾患各論というより患者が有している背景条件だと言える。実臨床の場では、これら背景条件によって病態改善の可能性が大きく異なるだけでなく、介入方針を変える必要があることから、改訂版では疾患のステージごとの対応方針を切り分けて記載するとともに、頻度の高い背景条件を例示するなどの形を取りつつ、より実践的な解説を期待したい。
倉原 優先生(近畿中央呼吸器センター 呼吸器内科)
【常識を壊した緩和ケア医学書】
私が医師になったころは、「緩和ケア」といえば悪性疾患でした。オピオイドは保険適用の観点からほぼ悪性腫瘍にしか処方できず、緩和ケアチームも基本的にはがんに由来する症状の緩和にあたっていました。当時はそれがあたりまえと思っていました。
私の勤務する病院には、水の底で溺れるような苦しさと戦っている酸素療法中の呼吸器疾患の患者さんが多数います。基本的には酸素療法以外に症状緩和の手立てがなく、エビデンスが乏しい世界ということもあり、長らく呼吸器内科医にとっては歯がゆい状況でした。編者の松田能宣先生には、そういった患者さんのサポートを個人的にたくさんお願いしてきました。非がんの緩和ケアに関して、マグマのような情熱をもった先生です。私にとって、緩和ケア=悪性疾患という常識をぶち壊してくれた、偉大な先輩です。
この本は、非がん疾患のうち、心不全、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎臓病(CKD)、肝硬変、認知症、神経難病の緩和ケアについて最新のエビデンスを交えて細かく記されています。どの項目も、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を主軸に議論が展開されており、かなり噛み砕いて書かれています。医師だけでなく、日々これらの疾患ケアに携わっている医療従事者にとって重宝する一冊になるでしょう。
どの著者も“情熱マグマ”を煮えたぎらせているのがよくわかる内容で、「自分が病気になったらこういった人たちに診てもらいたいなぁ」と感じるのは至極当然のことかもしれません。
非がんの緩和ケア領域では初の医学書です。さぁ、「緩和ケア」の常識を壊しましょう。
川添 哲嗣先生(高知大学医学部附属病院 薬剤部)
在宅医療の現場で長く働いたのちに、認知症や神経難病を専門とする医療機関で働いた私は、がんはもちろんのことながら、認知症や神経難病などの方が、病状の進行とともに身体だけでなく心理的に疲れ果て、日常社会での生きづらさを訴えながら死の恐怖と闘っている姿を多くみてきた。そのなかで、がん患者への緩和ケアは心理、身体、社会そして霊的要素まで含めて大変手厚く行われるのに対し、非がん患者への緩和ケアがほとんど行われていない現状に、長年憂いと疑問を抱いてきた。
本書の冒頭で、国立病院機構近畿中央呼吸器センターの松田先生も長年同じように疑問をもたれていたこと、そして近年非がん患者への緩和ケアへの対応機会が増加していることを踏まえ、「非がん患者の緩和ケアに携わる医療者が困ったときに手にとる実践書」の必要性から本書が作成されたことを語られている。
一気に読破させていただいたが、確かに大変実践的だと感じた。なぜ実践的なのかは、松田先生ご自身があげられている「5つのおすすめポイント」にその答えがある。①各疾患の標準的治療を記載、②総論より具体的対応や処方例記載が中心、③各疾患の社会的サポートを掲載、④心身医学のエッセンスをコラムで紹介、⑤アドバンス・ケア・プランニングについて話し合う場面事例を疾患ごとに掲載している。
これまでにも、さまざまな雑誌に非がん患者の緩和ケアは特集されてきたが、本書は現段階での集大成的実践書ではないかと思う。取り上げている疾患は心不全、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎臓病、肝硬変、認知症、神経難病であり、緩和ケアニーズが高い疾患ばかりである。医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、ケアマネジャーなど多くの医療・介護職の方々が本書を通して、非がん患者の緩和ケアに対する知識を増やし実践することで、患者や家族の身体と心が少しでも楽になることを願ってやまない。
平井 みどり先生(兵庫県赤十字血液センター 所長)
超高齢社会日本では、PPKすなわち「寝込まずに亡くなる」人は決して多くはなく、何らかの病気の治療を受けながら人生を終える例が圧倒的である。日本人の死因の第一位は悪性新生物、すなわちがんであり、通常のがん治療とは異なる「緩和ケア」が最期までその人らしくをモットーに、治療と併せて提供されることはすでに定着している。
しかし、がん以外の病気、すなわち心疾患や呼吸器疾患、腎臓や肝臓の疾患、認知症、感染症、そして神経難病で亡くなる方について、治療以外の終末期対応についてはあまり語られてこなかった。本書は心身のケアに関わる心療内科医師、総合診療医、がんの緩和ケア経験の豊富な医師や地域連携に関わるスタッフなどが執筆し、日本人の最期を如何に尊厳と安寧を保ちつつ、その人が望む形で幕を下ろすかについて、医学的な対処方法から、社会資源の活用まで、包括的かつ具体的に述べられている。
終末期については、がんだけが特別扱いされているように個人的には感じられて、こういう本が早く出てこないのかな、と思っていた。超高齢社会でプライマリ・ケアに関わる医療人は、職種を問わず本書を一読すべきと考える。今話題のadvance care planning(ACP)についても、疾患ごとに具体的に対応方法が記載されていて、大変勉強になる。
緩和ケアで大切にすべきことは、ケアを受けるご本人の歴史と価値観ではないか。医学的対応とともに、ナラティブを大切にする本書の主張は、相互扶助的なケアの考え方(ケアサイエンス)を実践するものである。「入門書なのに実践的」という煽り文とともに、医療人が備えておくべきケアの哲学を具体的に示す著作として、本書を強く推薦したい。