Chernobyl Medical Fund Newsletter(2)

秋晴れの10月31日土曜日、塩尻市の「すがの法祥苑」で北和田さんの告別式が行われました。その折の菅谷先生の弔辞を紹介させていただきます。

弔 辞

 本日ここに、故北和田修介様の告別式が執り行われるにあたり、謹んでお別れの言葉を申しあげます。

 一週間ほど前、北和田さんから、「来年一月よりスタートするチェルノブイリ医療基金のベラルーシからの医師を招へいする事業に関する経過報告をしたい、そして、今からとても楽しみにしています。」との電話をいただきました。私はいつもと変わらない彼の声を聞きながら、「いつも色々お世話をかけてすみません。後日日程調整をしてお返事します」とお礼を言い、電話を切りました。

 そして北和田さんにお会いできる日を、明朝連絡しようとした矢先の前日の夕方、突然の訃報をお聞きし、ただぼう然とするばかりで、いまだに彼の他界を信じられない気持ちでいっぱいであります。思えば北和田さんとのお付き合いがスタートしたのは、私がまだ大学病院に勤務していた頃で、お互い医療従事者として、チェルノブイリ医療支援活動に身を投じようとしたことがきっかけでした。

 支援活動にあたっては、様々な困難に遭遇しつつも、それぞれお互いに苦労をしながら、精一杯知恵を出しあって活動を進めてきました。そんな中で、北和田さんはいつも冷静に、そして強い責任感のもと、緻密な行動計画を立案してくださり、活動仲間たちにとり、本当に信頼できる大きな柱として、併せて、チェルノブイリ医療基金活動発展の原動力として尽力して下さいました。

 ここに改めて心より感謝申しあげます。

 また私が、かつてベラルーシ共和国で活動を継続していた頃、北和田さんは一人身の私のことを気遣って、時折、ユーモアとやさしさいっぱいのFAを送信して下さり、その励ましの言葉に、どれほど勇気づけられたことかと、今更ながら、彼の深い思いやりの心に重ねてお礼申しあげます。私どもは、北和田さんの「人の役に立つことが人生の喜びである」との信念を大切にし、これからも支援活動を継続してまいりますのでご安心ください。

 北和田さん本当にありがとうございました。

 もうひとこと添えさせていただくならば、人の世の定めとは申しながら、そのご逝去があまりに早かったことは、痛恨の極みでございます。

 お名残惜しくはございますが、あらためてここに哀悼の意を表し、故北和田修介様の御霊が、安らかに眠りにつかれることをお祈りして、お別れの言葉といたします。

合 掌

平成二一年十月三一日
 
松本市長  菅谷 昭


厳正な面接試験をパスされたOxana Teslova(オクサナ・テスロヴァ)さんから北和田さんに、日本で研修できる喜びのお手紙をいただきましたので、ここに紹介させていただきます。

尊敬する北和田様!  

わたくしは、チェルノブイリ医療基金の臨床トレーニング・プログラムに合格するという貴重な機会を得て、たいへん喜んでいます。北和田先生に心から感謝申しあげるとともに、わたくしを日本へ招聘してくださる病院長に厚く御礼を申しあげます。
 わたくしの研修計画が2010年1月から始まる旨、小川良子さんからお手紙をいただきました。計画の開始時期をご調整いただき、たいへん有難く思っております。このことは、わたくしにとって極めて重要なことで、おかげでわたくしの学術的な要件をすべて済ませることができます。
 わたくしは、先生への必要書類を用意いたしました。わたくしのパスポートの写し、医学教育の卒業証書、ならびに大学院およびインターン課程の証明書をわたくしの手紙に同封いたします。
Oxana Teslova



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