Chernobyl Medical Fund Newsletter(3)


 赤ちゃんの命を守ることが、世界の未来を開く 

長野県立こども病院新生児科部長 中村 友彦

 ベラルーシへの訪問も今年が3年目となりました。今年は英語で講演してオクサナ先生にロシア語に通訳してもらいながら新生児疾患の診断や治療のお話をしましたが、それとは別に周産期(分娩・出産を中心に妊娠中と生後1カ月までの期間)医療への最近の私の思いもお話ししましたので、その内容を少し紹介します。

 長野県の出生数は、年間1万8000人弱、最近は年々減少傾向にあります。

 この傾向はベラルーシも同じで、出生数が減少傾向にあり、どう出生数を増加させるか?が国の課題であると今回の訪問でも保健省の方々から度々聞きました。長野県の新生児死亡率(出生千人当たりの生後1カ月までに死亡する赤ちゃんの数)、乳児死亡率(出生千人当たりの生後1年までに死亡する赤ちゃんの数)は、この10年間、全国最低レベルです。長野県は平均寿命が全国で最も高い県の1つとして有名ですが、新生児死亡率、乳児死亡率が低いこともその一因であるということを統計の専門の先生から伺ったことがあります。日本は世界で最も新生児死亡率、乳児死亡率が低い国でありますので、まさに長野県は世界で最も赤ちゃんが死なない地域と言えるかと思います。ベラルーシは、新生児死亡率、乳児死亡率ともに日本の約3倍、ゴメリ地区は約5倍です。今回の訪問でも保健省の方々が「新生児死亡率、乳児死亡率を下げることが国の目標の1つである」と語られていました。

 世界の先進国では母体の出産年齢が高くなり、妊娠・分娩中の予期せぬ合併症が発症することも稀ではありません。また、低出生体重児の増加により胎内生活から胎外生活に適応できない新生児も多くなっています。周産期医療ではいつでも、どこでも母子の救急に対応できる医療体制の整備が重要です。長野県は産科と小児科のある地域の病院と、各医療圏にある周産期母子医療センターが連携して地域の母体・新生児救急に対応し、さらに県立こども病院が長野県全体の周産期医療の「最後の砦」として母子の救急医療に対応しています。このようなシステムを構築することが必要で、そのためには医療だけでなく行政の役割が重要です。例えば、母体・新生児を搬送するためのドクターカーやドクターヘリなどの運用が広いベラルーシ国には必要と思います。

 周産期医療では、とかく産科医、小児科医、助産師、看護師の存在が重要視されますが、周産期医療には多くの職種の人の力が必要です。例えば、女性の妊娠前、妊娠中の栄養と喫煙は、胎児の先天異常や成長に大きな影響があることが分かっており、10代後半からの女性の栄養指導、保健指導が重要です。日本では、最近10、20代の女性の「やせ」が進み、それが胎児の栄養不足・低出生体重児の原因の1つと危惧されています。胎内で低栄養状態であった胎児は、青年期以降飽食の環境にさらされると肥満となり、生活習慣病を発症することも最近の研究で分かっています。また、喫煙も低出生体重児の原因の1つです。この点については、オクサナ先生に留学中に勉強してもらいました。

 また、低体重で生まれた児の精神運動発達の促進には、理学療法士、作業療法士、保育士の関わりが欠かせません。ベラルーシには周産期医療に関わることのできるこのような職種の人々は少なく、人材の育成と働く環境の整備が必要であると思います。

 周産期医療の中心は言うまでもなく母と子です。母子の回りには家族が存在しますが、家族の問題、特に心の問題は母子に大きな影響を及ぼします。赤ちゃんは1人では生きていけないので、家族の中で最も弱い立場にあり、もし親や家族に様々な問題が生じた場合、最初に子ども達が犠牲者となります。かわいい・脆弱な赤ちゃんを守り、子ども達の健やかな成長発達のために、母子と家族をトータルな視点から医療・福祉・教育・行政などが横断的に支えることが社会全体の成長発達につながるはずです。

 オクサナ先生が留学中「ベラルーシでは最新の英語の医学教科書が手に入りにくい」と言っていましたので、帰国するときに胎児超音波の教科書と、今回は私が講義用に持参した新生児学の教科書を差し上げてきました。そんなこともあり、菅谷昭先生、千原理事長にCMFよりベラルーシへ英語の医学教科書を送る支援を提案させていただきました。来年、留学に来られるナースチャ先生には、在日中に日本で経験した症例を英語の教科書で勉強してもらい、少しずつロシア語に翻訳してもらおうと考えています。いずれCMFの支援で留学された先生が中心になってCMF刊行のロシア語周産期・新生児学教科書ができることを願っています。

 すべての赤ちゃんは「生きたい」と産まれてきます。赤ちゃんは私達大人を必要としています。世界中で産まれてくるすべての赤ちゃんを「守ってあげたい」、それが私の夢であると今回の訪問では、身振り手振りを交えて伝えてきました。




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