Chernobyl Medical Fund Newsletter (5)


「第16回甲状腺検診 - モーズリ市」

(報告者:山口 裕之=モーズリ在住)

 11月24日、チェルノブイリ医療基金は通算16回目となるモーズリ市での甲状腺検診を行った。基金代表で甲状腺専門医の菅谷昭氏が6月に帰国してから、初めての住民検診である。
 検診当日は、朝から霧が立ちこめた。2〜30メートル先は見えないような濃い霧で、さらに、道路上には数日前から本格的に降り始めた雪も残っている。今回の検診には、約130キロ離れたゴメリ市から、タッチヒン医師(ゴメリ腫瘍センター・頭頸部外科部長)と同科若手のルスラン医師を招いているが、運転は大丈夫だろうか?
 心配をよそに、2人は予定通りの午前9時半にタッチヒン氏の車で到着した。天候を見て、早めに出てゆっくりと走ってきたという。
 今回の甲状腺検診はこの2人が主役だ。タッチヒン氏が触診とカウンセリングを、ルスラン氏が超音波検査を行う。菅谷氏の帰国直前に行った5月の住民検診では、440人が受診に訪れた。菅谷氏を含め、4人の医師が交代で診たが、朝から夕方まで診察に追われる忙しさだった。今回はどうなるか?基金が現地事務局と検診室を置く建物を管理してくれているエレーナさんの話では、菅谷氏の帰国後、「検診はもうないのか」「次はいつやるのか」という問い合わせがかなりあったという。私自身、町中で見知らぬ人から検診について何度か尋ねられた。
 タッチヒン、ルスラン医師は菅谷氏がゴメリで約2年間勤務した時の同僚で、菅谷氏から手術や診断のさまざまな知識を学んだ、レベルの高い医療者だ。しかし、ベラルーシの医師は日本など外国の医師よりも劣る、と考える人もいるようで、検診希望者のなかには、「経験豊富な日本のドクター菅谷」に診てもらいたい、という人も少なくない。「今回は、ゴメリの医師が検診するよ」と言うと「なんだ、『われわれの』医者か、日本人は来ないんだね」という残念な反応もあった。従来、土日の2日間ずつ行ってきた検診を、今回は土曜日の1日だけにして様子をみるのも、そういう反応を考慮したためだ。さて、どのくらいの人がくるだろう。
 検診1時間前から人が集まり始め、午前10時には20人ほどとなった。さあ、検診開始だ。「今まで検診を受けたことは?」「結果はどうでした?」「じゃあ、横になって超音波検査を」とタッチヒン氏がてきぱきと進めていく。24人診たところで待合室代わりの廊下に人はいなくなった。途中で一休みなんて前回はなかったことだ。今回は新聞やラジオで告知をしなかったことも関係あるのだろうか。
 その後もぽつりぽつりと希望者が来て、昼食休みの午後1時までに40人の検診を終えた。「前回は同じ時間で100人以上は診たなあ」とタッチヒン氏は苦笑した。
 もっとも、原発事故の起きたチェルノブイリから約80キロに位置するモーズリ市の人にとって、甲状腺障害への関心が高いのは今も昔も変わらぬ事実だ。検診後、異常がないと知って「神様、ありがとう」とつぶやく声も何度か耳にした。事故後に放射能除去作業をさせられた人や高汚染地からの移住者も多く住み、モーズリ市自体も比較的軽度とはいえ汚染されている。甲状腺検診の機会はいくらあっても多すぎることはない。しかし、人口13万人のこの市の医療施設に超音波検査の機械は全部で2台(うち1台は故障中)しかなく、住民が必要とするだけの検診の機会を提供しているとは言いがたいのが現状だ。

 昼食時はタッチヒン氏にゴメリ腫瘍センターの話を聞いた。甲状腺障害でタッチヒン氏の頭頸部外科を訪れ、手術を受ける人の数がどんどん増えてきているという。病気になる人が増えたというより、以前は遠く首都ミンスクまで手術に行っていた人も同外科に足を運ぶようになってきたのだ。
 「我々も経験を積んで、人々の信頼も増してきたからね。若い医師には『君たちがゴメリ州内の医療で果たす役割は今後どんどん強まっていくんだぞ』っていつも言い聞かせているよ」とタッチヒン氏は口元を引き締めた。
 モーズリ市での検診で異常が見つかった人たちも彼の頭頸部外科で精密検査を受け、場合によっては手術を受けることになるのだ。
 昼食後は、タッチヒン氏が今年始めに手術をした16歳の少女も検診に訪れた。首筋の赤い傷跡が痛々しいが、異常はなく一安心。タッチヒン氏は、手術痕をタートルネックで隠している少女に「気になるかな?時間が経つともっと目立たなくなるからね」とやさしく説明していた。
 午後4時に検診終了。計105人が受診し、7人が精密検査をすることになった。中には今日の段階ですでにがんが疑われる人もいた。検査の日程はその場でタッチヒン氏が決めてくれるため、非常に効率的だ。今回は精密検査は見送るものの、定期的に検診を受けるようアドバイスされた人も10人ほどにのぼった。
 この「出張」甲状腺検診がそれなりに住民の役に立っているのは間違いなさそうだ。タッチヒン氏も「1日で百人か、まあ少なくはないね」と満足気な表情。彼なりに気にしていたのだろう。ベラルーシの医師だけでベラルーシの住民の検診を―という初めての試みはまずは成功した。



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