【INTERVIEW】「考える」力で挑む循環器疾患の薬物治療

「循環器疾患の薬物治療」は複雑で繊細な印象があり、多くの薬剤師が苦手意識をもっているのではないでしょうか。
『循環器疾患にかかわる薬剤師の思考・視点がわかる 循薬ドリル』の編集者である佐古守人氏(東住吉森本病院薬剤部)に、薬剤師がチーム医療で活躍するためのポイントについて、実体験を交えながら話を伺いました。
「触れてはいけない」から「考える」へ
1.入職当初を振り返って
振り返ると、入職当初の私は循環器疾患についてほとんど理解していませんでした。学生時代に学んだ薬の基本的な特徴や適応疾患については知識があったものの、医師や看護師が話す治療方針やその意図を深く理解するには至っていなかったのです。特に、ループ利尿薬や強心薬、β遮断薬など、複数の薬剤を使用する「循環器」領域では、薬剤選択の理由を十分に把握できておらず、「なぜこの薬が選ばれているのか」という視点が欠けていました。そのため、どの薬も同じように見えていました。このような理解不足から、循環器疾患のように患者の命に直結するデリケートな分野では、「処方には触れてはいけない」という意識が強くなり、薬の用法・用量が適切かどうか、併用薬に問題がないかといったところにばかり気を取られていました。その結果、患者全体を見渡す視点を欠き、薬剤師は「これをやっていればよい」という固定観念に縛られた独りよがりな業務に陥っていたように思います。このような姿勢であったため、医師や看護師が必要とする情報を的確に提供することができず、多職種との関係構築もうまくいかないという経験を何度もしました。
2.知識から思考への転換点
新人時代の私は、疾患や患者そのものに十分目を向けることができておらず、臨床現場で発生する問題にも気づくことができませんでした。医師の処方にはある程度「型」があることは理解していたものの、それ以上深く考えず、添付文書やインタビューフォームと向き合うだけの日々を送っていました。しかし、そのようななかで上司から「ルールが決まっているなら、その背景を理解する」、「ルールから逸脱した場合の影響を確認する」といった指導を受けたことが大きな転機となりました。そこからは、基本となるガイドラインを読み込む習慣が身につきました。また、通常の薬物療法が行われていたとしても、一部の薬剤が導入されていないケースでは、それが導入されていない理由やその後のメリット・デメリットを考えるようになりました(例えば、β遮断薬が導入されていない場合に、心拍数が低いことが理由でしたが、結果として予後改善薬の導入が不十分となり、患者の予後に影響する)。「この治療法で問題ないのか」、「どんな効果やリスクがあるのか」といった視点で処方をみることで、自分自身の理解も深まりました。この経験は、知識を暗記するだけでなく、自分で考えながら判断する力を養うきっかけになったと思います。
疾患・症状の原因と患者さんに目を向けること
処方パターンから逸脱するケースでは、そのズレがどこから生じているのかを確認する習慣が身につきました。このプロセスを通じて、自分自身の理解度も向上していったと感じています。「暗記」から「考える」習慣へと変わったことは、自分にとって大きな成長だったと思います。
1.原因に目を向ける
処方パターンをある程度理解できるようになった後、患者個別の状況をみると、同じ処方でもその意図に違いがあることが気になるようになりました。例えば、浮腫がある患者に利尿薬を使用する場合、治療目的が単に「浮腫の改善」という理解で終わっていては不十分なのです。浮腫の原因が何であるかを必ず確認する必要があります。原因が腎臓なのか、心臓なのかによって薬物治療の評価は大きく変わります。右心不全の症状改善を目的として利尿薬を使用していたケースでは、浮腫だけでなく、その他の心不全症状にも目を向ける必要があります。具体的には、食欲不振や胸水などの症状についても確認し、それらを総合的に評価することで初めて利尿薬の効果や心不全症状の改善について適切に判断ができます。ただ、浮腫が改善されたかどうかだけに注目していては、本来目指すべき治療目標を達成できない可能性があります。
症状と薬剤を一対一で対応させて考えるのではなく、「何のためにこの治療を行っているのか」を理解することが重要です。医師が目指している治療目標を正確に把握できれば、その実現に向けた提案や情報提供もより的確なものになります。
2.患者さんに目を向ける
患者さんの「循環動態」を理解することは、循環器疾患だけでなく他領域でも非常に重要です。これは「バイタルサイン」を理解することにもつながり、患者さんの症状の緊急度や重症度を正確に評価できるようになります。その結果、カルテの見方や記録方法も変わり、より患者さん中心のアセスメントが行えるようになります。また、「検査値」に頼りすぎない評価も可能になります。実際には検査値に異常がなくても、患者さん自身の手足や訴えから症状の程度や薬剤効果を読み取れる場合があります。検査値と症状が必ずしも一致しないケースは少なくありません。このため、記録された検査値や症状だけで薬剤適否を判断すると、重要なポイントを見落としてしまうリスクがあります。この点は、多くの薬剤師に共通する課題だと感じています。患者さん自身に目を向けることで得られる情報は非常に多く、それによって治療全体への理解が深まり、より良い医療の提供につながると考えています。
循環器疾患の実践力を磨く「循薬ドリル」
循環器疾患の領域では、診療ガイドラインによって薬物治療に関するさまざまな方針が示されています。「循薬ドリル」は、その背景や根拠を掘り下げながら、患者一人ひとりにあわせてどのように実践すべきかを問題形式でまとめた一冊です。
本書の前半では、「病態」の理解を基盤とし、心不全だけでなく、不整脈、急性冠症候群、高血圧といった、特に薬剤師が苦手意識をもちやすい領域について解説しています。不整脈による心停止時に薬剤師としてどのように動くべきか、見落とされがちな徐脈への対応、高血圧治療で画一的な服薬指導から脱却し個別対応するための視点など、多岐にわたるテーマを扱っています。また、利尿薬やARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)、SGLT2阻害薬など、循環器領域で頻用される薬剤についても、診療ガイドラインやエビデンスを整理し、それらを実際の患者へどう適用するか、中止や継続の判断方法について具体的に紹介しています。
後半ではさらに一歩進み、がん患者への循環器ケア、「時間軸」を意識した治療介入の方法、フレイル・サルコペニアへの対応や栄養管理、さらには心不全緩和ケアなど、幅広いテーマについて解説しています。本書を通じて得られるのは、心不全治療だけでなく、患者全体を見据えてアウトカムを考える視点です。
循環器領域について基本的な知識はあるものの、それ以上深掘りできずに悩んでいる薬剤師や、「暗記」ではなく「考える」力を身につけたいと思っている方には特におすすめです。また、保険薬局勤務の場合には病院内でどのような治療が行われているか把握しづらいことも多いですが、本書では23もの厳選された症例を通じてリアルな処方例を学ぶことができ、それによって目の前の患者理解にも役立つでしょう。
もし普段の業務中に「わからない」、「悔しい」と感じることがあれば、この本は新たな視点と成長へのヒントになるでしょう。ぜひ手に取ってみてください。

循環器疾患にかかわる薬剤師の思考・視点がわかる
循薬ドリル
定価4,180円(本体3,800円+税10%)
薬剤師の視点で解き明かす、循環器薬物療法の扉を開く決定版!
循環器薬物療法について薬剤師ならではの視点でエビデンスに基づいた知識をわかりやすく整理し、臨床で役立つ思考プロセスを解説。さらに、症例を交えることで具体的な判断力や対応力を自然に養える構成となっています。