専門職種の検定・認定制度がスタート。学会が見据える学界の課題と、専門職の未来とは?

2009年、日本臨床試験学会(以下、JSCTR)の前身である「日本臨床試験研究会」が創立。当初からのミッションとして「臨床試験・臨床研究の最も重要な基盤は、研究を計画かつ遂行する、またこれらの活動を支援する専門職の存在とその養成」を掲げ、臨床試験に携わる人材の育成やキャリアパスを“将来の課題”として設定していました。
日本臨床試験研究会の創立から今年で16年。創立当初に思い描いていた未来の目標の1つが、検定・認定制度として形を成し、走り始めています。
本検定・認定試験のテキストに指定されている『だれでもわかる臨床試験』シリーズ。本シリーズの責任者であり、学会代表理事の山口拓洋氏に、現在の想いを伺いました。
日本の臨床試験の発展、そして質の向上に貢献する。
――JSCTRが新しく立ち上げた3職種〔スタディマネジャー(StM)、臨床データマネジャー(CDM)、モニタリング担当者(MO)〕の検定・認定制度について、あらためて概要や立ち上げた理由を教えてください。
まず、学会のミッションとして、臨床試験・臨床研究に携わる専門職全体の知識や技術の向上を図ること、また、職種の垣根を超えた情報交換や研究活動を推進するといった、日本の臨床試験の発展と質の向上に貢献することを掲げています。
当学会は3職種の検定・認定制度を立ち上げる前から、 GCPパスポート認定試験やGCPエキスパート認定試験といった「知識・スキルをもって臨床試験に関わることのできる人材」の育成を目的とした認定制度を構築してきました。GCPパスポートはすでに3千数百人ほどの方が認定をもっており、こういったノウハウを生かして、新たに専門職種の検定・認定試験制度を立ち上げました。
臨床試験に関する検定・認定制度を構築しているところは(少なくとも日本においては)ほかになく、臨床試験の適切な遂行・実施、質の向上のために特に必要な職種として、この3職種の検定・認定制度を構築することにしました。
「人が育ってないから」という理由は、あってはならない。
――「日本臨床試験研究会」の発足から現在まで、一貫して「人材育成」をミッションの1つとして掲げられています。なぜ、ここまで人材育成にこだわっていらっしゃるのでしょうか?
臨床試験における「研究者」と聞くと、恐らくイメージするのは医師かと思いますが、例えば医師が1人で臨床試験を計画したり実施したりすることはできません。臨床試験にかかる専門的な知識を有する職種の方が協働して、はじめて計画的に実施できるのが臨床試験だと考えています。
一方、当時は専門職種の教育や研修、また、職種間での意見交換やディスカッションができる場というものがありませんでした。こういった場が重要だと考えて発足されたのが、当学会の前身である日本臨床試験研究会です。
研究会の発足当時から日本の臨床試験の状況はずいぶんと変わったものの、「臨床試験に関わる人が育っていないため、臨床試験がうまく進まない」といった状況は、やはりあってはならないと考えています。ですので、研究者はもちろんのこと、臨床試験に関わる専門職の方々の教育・育成にこだわっているというところがあります。
また、私は代表理事を拝命しておりますが、やはり最後は人だと思っています。その精神で、学会運営活動に携わらせていただいています。
新しい仕組みができあがりつつも、苦しい資金状況は変わらず。
――人材育成は「人・モノ・お金」でいう「人」に当たりますが、一方の「モノ」や「お金」に関して、臨床試験の学界、特にアカデミアではどのような課題がありますか?
日本の医療機関は慢性的な赤字運営で、組織として臨床試験を実施するための必要な資金を調達することが難しくなっています。ですので、個々の研究者は組織には頼れず、例えば日本医療研究開発機構(AMED)の競争的資金や各省・役所の資金を獲得しにいかないと、臨床試験を計画・実施できない状況になっています。このように、アカデミアは製薬企業のように潤沢な資金のもとで臨床試験を実施できるような環境にはありません。
また、米国などは、高所得者が医療機関で実施される臨床試験に寄付をするようなシステムが機能していますが、残念ながら日本では同じようなシステムがほとんどない状況です。最近ではクラウドファンディングなどができるようになって、臨床試験にお金を寄付する仕組みもできてきていますが、臨床試験に必要な資金が不足している状況は変わっていません。
一方、臨床試験を実施している研究者側にも課題があり、例えば、臨床試験にモノやお金がものすごくかかることを理解できていないこともあります。1つの臨床試験でStMを雇う(スタディマネジメント業務を委託する)のにいくらかかる、MO・CDMを雇う(モニタリング・データマネジメント業務を委託する)のにいくらかかる……と目の当たりにすると、大変驚かれる先生もいらっしゃいます。こういった認識のズレというものも、大きな課題だと感じています。
想定より多かった合格者。テキストが寄与するものとは?
――3職種の検定試験が昨年2月に走り始め、現在は各検定の2回目の試験が終わった時期かと思います。現時点で、学会として何か手ごたえを掴んでいらっしゃいますか?
現在(9月19日時点)の検定試験合格者は、StMが65人、MOが66人、CDMが91人です。それから、認定試験のほうはこれから実施予定ですが、学会として十分に認定するだけの知識と能力、経験をおもちだと認めた方、いわゆる「過渡的認定」を出している方が、StMが7名、MOが15名、CDMが19名となっています。これらの数字は、日本(特にアカデミア)における状況を勘案するとかなり多い人数でして、それぐらい多くの方々に受験・合格していただいているという感触をもっています。
これだけの好影響が出た理由の1つとして、やはりテキストができたのが大きいと感じています。今回新たに 3職種のテキストを作りましたが、このテキストは専門職種の方が何か迷ったときに“帰るところ”のようなものだと考えています。自分たちが臨床試験で備えておかなければならない知識やスキルについて、このテキストで明確にできたということはよかったと感じています。
また、臨床試験に関連する代表的で教科書のような書籍はいくつかあるものの、今回のように専門職種に特化しているテキストは、日本ではほかにありません。いままでは専門職種の先生が勉強したいと考えた場合、同じ職種の先輩からお話しを聞いたり、同じ境遇にある人と情報を共有したり、あるいは上司の背中を見て学んだりといった、体系化されていない状況の中で勉強するしかありませんでした。
しかし、テキストができたことによって、身につけておかなければならない基本的な知識やスキルを、ある程度自分で学ぶことができるようになりました。また、体系的に「テキストを読んで学べる」ことができるようになったので、例えば別の職種の業務内容も含めて学ぶ機会が増えてきたのではないかと感じていて、それが結果として非常にポジティブな影響を与えているのかなと考えています。また、研究者自身がテキストブックを読むことで、各臨床研究専門職の業務内容を理解し、適切な臨床試験の計画・運営・実施方法について学ぶ機会にも繋がっているようにも感じています。
試験合格者のキャリア形成に寄与できるように。
――逆に、現時点で感じられている検定制度の課題等がありましたら教えてください。
単純に受験者数をもっと増やしていきたいですし、教科書(3職種のテキスト)をもっと広めて、多くの方に読んでいただきたいと考えています。そして、受験者・読者の知識やスキルアップ・キャリアアップまで繋げていきたいという想いがあります。
しかし、現実をみると、検定・認定をとったから雇用条件・金銭的待遇が良くなる、いわゆるキャリアパスにまで繋げられているかといわれると、残念ながら現状はそこまでできていません。個々人のキャリア形成にまでは関与できていないところは、課題の1つと感じています。
例えば、厚生労働省が定めている「臨床研究中核病院」という制度があるのですが、その病院が備えるべき人員の基準にMOが単独で入っていないといったこともあります。また、先ほどの研究資金の獲得のお話しに繋がりますが、AMEDの出している研究費の公募要領に各専門職種の記載が入るようにするなど、この検定・認定制度を通して、各専門職種の認知度を上げていく必要があると考えています。そして、検定・認定取得者の雇用条件の改善・キャリアアップが認められるところまで目指したいと考えています。
「いま、どれが1番最適か」を選べる力を身につけて欲しい。
――最後に、3職種の検定試験・認定試験を受験される方、受験を検討している方に向けてメッセージをお願いいたします。
臨床試験は、絶対の正解がありません。“回”答はあっても、“解”答に絶対のものはありません。ですので、色々な専門職種の方からみて「これは、このあたりが妥当だろう」といったものもやはりあって、さまざまな選択肢から「どれが1番最適か」といったことを考えていくのが、臨床試験の方法論だと個人的には考えています。
したがって、やはりベースとなる知識は必要になり、それはしっかりと検定試験を合格していただいて、正しい知識をつけていただくということが重要だと考えています。正しい知識をベースにして、この答えは正しい、あるいは答えはないのかもしれない、もしくは分からないといったこともあるかと思います。状況や選択肢に応じて「いま、 1番どれが適切か」といった最適解を選んでいける力をもって、チームの中で働いていっていただきたいと考えています。
また、受験に向けた学習により、ご自身の臨床研究支援業務に関する理解が深まり、支援内容の幅が広がるでしょうし、検定による知識および認定によるコンピテンシー評価により、ご自身の能力を客観的に対外的に示すことが可能となります。ぜひ、この機会にチャレンジしてみてください。
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