2026.09.09

【INTERVIEW】『医師のための保険診療入門』の著者がみる、令和8年度診療報酬改定のポイント

 2026年(令和8年)6月1日から施行された診療報酬改定。急性期病院一般入院料の新設や賃上げを目的としたベースアップ評価料の拡充など、近年稀にみる大きな転換点となりました。
 今回の改定において、医療従事者が注目し、押さえておくべきポイントはどこにあるのか、『医師のための保険診療入門2026』の著者である社会保険診療研究会の皆さんに語っていただきました。

「ベースアップ評価料」が示す、人件費確保の新たな方向性


――今回の改定で、まず注目されたのはどの点でしょうか。

 やはり一番は、前回の改定から継続して導入された「ベースアップ評価料」ですね。今回の改定で2回目となりますが、この仕組みが維持・拡充されたことで、「国が本気で医療現場の賃上げを実現させる」という明確な方針が示されたと感じています。
 この評価料を適切に算定していくことは、単に今の収入を増やすだけでなく、将来の改定を見据えた際にも非常に重要だと考えています。仮に、今後の改定においても、人件費の上昇への対応をこの「ベースアップ評価料」の仕組みで継続的に支援していくことになるとすると、ここでしっかりと評価を取っておかないと、次の改定を迎えたときに高い賃金を提示するための原資が確保できず、人材確保の面で苦境に立たされることになるでしょう。


――新規開業を検討されている方にとっても、無視できないポイントですね。

 おっしゃる通りです。例えば、2回前の改定時に開業した方はすでに「賃上げの原資」という下駄を履かせてもらっている状態で人材を雇えますが、新しくは開業する人は、その下駄がないまま同じ賃金水準を提示しなければなりません。これは経営上、大きなディスインセンティブになりかねない点であり、今後の新規参入者がどう対応していくのかは、政策誘導の面からも注目すべき点だと思っています。

現場の悩みに応える“メンテナンス”と、「ICT活用」による未来への布石


――制度細部の見直しから将来の展望まで多岐にわたる今回の改定ですが、特に「踏み込んできたな」と感じられた部分はどこでしょうか。

 業界内でも予測されていたことではありますが、在宅医療や訪問看護の適正化・整理がしっかりと行われた点は非常に大きなトピックです。同一建物居住者に対する評価の見直しなど、これまでの課題に対して正面から向き合った内容になっています。
 また、今回最も新しく、かつ今後を見据えた大きな一歩だと感じたのは、ICT機器を組織的に活用することで、病棟の看護配置基準を「柔軟化」するという考え方が導入された点です。少子化の中で、看護師をはじめとした医療従事者の確保はこれまで以上に困難になることに対して、看護師の頭数によって病棟機能を規定する制度からの転換を対応の方向性として志向していて、これは単なるデジタル化の推進にとどまらず、将来の医療提供体制を先取りした非常に意欲的な内容だと思います。


――将来への「攻め」の姿勢の一方で、足元の実務を整理する「守り」の側面については、どのような項目が印象的でしたか。

 今回の改定では、現場が長年悩んでいた「予防接種の際の通常診療」の取り扱いなど、実務上の疑問を解消するような“メンテナンス”的な整理も丁寧に行われています。初診料の算定ルールなどが明確化されたことで、現場の混乱も少なくなっていくでしょう。未来を見据えた「攻め」の姿勢と、足元の課題を解決する「守り」の姿勢が共存した、非常にバランスの良い改定だと感じています。

「外科医不足」への強い危機感と、評価体系の細緻化への熱量


――今回の改定では、医療従事者の「働き方改革」や「確保」も大きなテーマですが、医師の偏在や診療科ごとの課題に対して、何か象徴的な動きはありましたでしょうか。

 特定の診療科にターゲットを絞った、極めて手厚い手当が新設されたことです。特に「外科医療確保特別加算」のように、外科という特定の分野に対してこれほど明確な評価がついたことは、厚生労働省が抱く「外科医不足」への強い危機感の表れだと受け止めました。これまでは診療科を限定した評価というのは珍しかったので、私自身、非常に新鮮な驚きがありました。
 これまでも手術料の点数そのものが引き上げられることはありましたが、それだけでは病院の総収入(医業収益)が増えるだけで、過酷な現場で働く外科医個人の処遇改善や、若手の確保に直接結びつきにくいという構造的な課題がありました。
 しかし今回の改定では、手術の難易度や時間に応じた評価の細緻化が進んだだけでなく、算定した報酬(原資)がしっかりと「外科医療に従事する医師の確保・環境改善」に補填されるような仕組みになっています。「ただ点数を上げる」という改定ではなく、日本の外科医療の崩壊を食い止めるために、制度のディテールまで熱量をもって作り込まれていると感じています。

二段構えの施行スケジュールが生む、病院経営・管理の難しさ


――改定の施行時期が6月になって2回目の改定を迎えました。施行が2カ月後ろ倒しになったことで、医療機関の経営管理にはどのような影響が出ていると考えられますか。

 経営的な視点でみてみると、「薬価改定は4月、診療報酬改定は6月」という二段構えのスケジュールは、経営を行ううえでのリスクの1つとなりえます。
 本来、年度ごとの収支を比較する際には同じ条件で分析を行いますが、令和6年診療報酬改定からは、4月の薬価変動に加えて6月には医科診療報酬が大きく動くという「複数の変数」が年度の途中で加わります。これでは、前年度の4月・5月と今年度の同時期を単純に比較することが難しくなり、経営状況を正確に把握する難易度が格段に上がっていると考えています。
 県立病院などの公的な医療機関は、単年度の予算枠の中で運営されています。年度の途中で診療報酬という大きな収入源のルールが変わってしまうと、予算の消化具合や収支の見通しを立てる際、そのタイミングで管理のやり方を大きく変える必要があります。
 また、今回の改定でも疑義解釈などの重要な通知が5月末まで出続けていました。本来、6月施行の目的は、システムベンダーの負荷軽減や開発のリードタイム確保にあったはずですが、直前までルールが決まりきらない現状では、開発側が完全にフリーになれる期間が取れているとは言い難いのではないかと思います。

 令和8年度診療報酬改定には、人材確保や処遇改善、ICT活用を通じて、持続可能な医療提供体制を築こうとする意図が随所に表れています。医療機関では、個々の改定項目への対応だけでなく、制度の趣旨と影響を正確に捉え、着実に対応し,日々の診療や組織運営に生かしていく視点が求められるでしょう。

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