2025.11.10

【山本雄一郎のWebエッセイ】#jpa58 ー第58回日本薬剤師会学術大会を終えて

京都駅、満席の新幹線で

 京都駅から満席の新幹線に乗り込む。世は3連休の最終日、東京方面はなんと終日満席らしい。

 指定席にたどり着くと、まずはHermèsのネクタイを外し、キャリーケースにしわにならないように収納する。このネクタイは皆からのお祝いの品で、今日みたいな人前に出るときの“とっておき”だ。次にカバンからノートを取り出し、この2日間で感じたことを書き留めておく。乗り換えの新神戸駅まで寝るわけにはいかないのだ。

学びは「やってみる」ことで深まる

 第58回日本薬剤師会学術大会1日目は、ワークショップのファシリテーターがお役目だった。東京大学医学部附属病院薬剤部の大野先生の企画と声かけによって、豪華なPISCS普及の会が結成。参加者30名という狭き門を潜り抜けた先生方と、楽しくも知的興奮を味わえる2時間を過ごすことができた。

 学びというと座学が思い浮かびがちだが、やはりこういうSGDのような形式も捨てがたい。まずはじぶんでやってみないと、どこがわからないのかがわからない。座学で一通り説明を聞いて“わかったつもり”になっていても、やってみると意外とつまずくものなのだ。そして、他人の考えや視点というものも参考になる。いや、刺激になる。いわんや壇上の偉い先生ではない、参加者からの刺激というのがまた格別だ。

 さて、PISCS(CR-IR法による薬物相互作用マネジメント)は病院薬剤師だけではなく、いまや薬局薬剤師の世界においても当たり前の考え方だ――と思っていたのだが、いやいやどうして、PISCS普及の会はまだまだがんばらないといけないかもしれない。ただ、最先端のPISCSワークショップの方法もマスターしたことだし、まずは自社にて展開してみることにしよう。

「知るのは怖い、知らないのはもっと怖い」

 大会2日目は、日本薬剤師会とPMDAの合同分科会に登壇。じつは、PMDAとの合同分科会は2022年の仙台大会に続いて2回目になる。登壇者のなかにも顔見知りがいたりして、意外とリラックスして臨むことができた。PMDAや製薬協といった患者用資材を提供する側、その資材を用いて服薬指導を行う薬局薬剤師、そしてその資材を受け取る患者団体の代表といった面々が一堂に会した講演とディスカッションだ。

 そこで話題になったのが、患者向けRMP資材などを説明もなく、ただ患者に渡すだけの状態が散見されるという問題。資材にある情報は一般的な情報で、これを「わたしのための情報にしてほしい」というニーズが患者側にはある。したがって、当然ながら資材をただ渡すだけではその願いに応えられない。せめて、薬局を出た後にどうしたらよいのか、資材を使うことでその道筋を示してほしい――そんな要望であった。

 たとえ善意であっても、ただ資材を渡すだけでは患者の不安を助長してしまうのは想像に難くない。特にRMP資材の場合、リスク情報として特定されたリスクだけではなく、潜在的なリスクまでがフラットに記載される。内容も把握せず、通り一辺倒の説明を一生懸命したところで、その結果はどうだろうか。中途半端な善意が良くない結果を招くことは、医療に限らずよくあることだ。

 リスクというのは本質的にグラデーションを伴うもので、何をどのように伝えるかが“薬物療法の専門家”である薬剤師の腕の見せ所ともいえる。RMP資材のこの記載がどういった副作用で、それが特定されたリスクなのか、それとも潜在的リスクなのかがわからないようでは話にならない。患者団体の言葉を思い出し、ノートに残ったメモに目を落とす。

知るのは怖い、知らないのはもっと怖い

何を、より、どのように、伝えるか

知識だけで不安は解消しない

 同じリスク情報であっても、その感じ方や受け止め方は患者の背景や文脈によってさまざまだ。知識だけでは不安は解消しない。患者と薬剤師――その間には、信頼に足るコミュニケーションが不可欠なのだろう。

 新神戸駅で乗り換え、熊本まであと約3時間。X(旧Twitter)を開いて「おつかれさまでしたー」と打ち込み、ハッシュタグ「#jpa58」を添えてポストしたところで力尽きる。眠りは深く、気がついたときにはすでに博多駅を通り過ぎていた。

山本 雄一郎(やまもと ゆういちろう)

1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。

@kumamotoPh usan_appleph

シェア