2026.03.26

【学会レポート】日本臨床腫瘍薬学会学術大会2026

 3月7日からの2日間、福岡国際会議場・福岡サンパレスにて日本臨床腫瘍薬学会学術大会2026が開催された。本学術大会のテーマは「For precious life がんに携わる薬局薬剤師・病院薬剤師のコラボレーション、患者と奏でる新しい旋律」。
 シンポジウム『臨床試験に乗せた患者さんの「想い」を、医療の現場で薬剤師が活用するためにすべきこと』では、近年、新薬開発や臨床試験のあり方が変化し、専門職のみならず患者や市民の声を研究プロセスに反映させる「患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)」の重要性が叫ばれている。本シンポジウムでは、PPIの実践において薬剤師が果たすべき役割について、医療現場や患者団体の最前線で活動する演者が具体的な事例とメッセージを投げかけた。

 

臨床試験の未来の形を見据える“盆踊り”のプラットフォーム

 小村悠氏(国立がん研究センター東病院 臨床研究支援部門)は、「共創から協奏へ―がん領域PPIプラットフォームFairy'sが育む新しい医療研究のかたち」と題し、がん領域におけるPPIプラットフォーム「Fairy's(フェアリーズ)」の活動を紹介した。Fairy'sという名称には、「あなたと社会の『ために』行う医療ではなく、あなたと社会と『ともに』創り上げる医療」という理念が込められている。
 小村氏はPPIの本質を語るうえで、アルプスの大自然を舞台にした国民的アニメーションのエピソードを引用した。足の不自由な少女に対し、周囲の専門家(医師)は歩行を補助する「車椅子」に焦点を当てるが、彼女自身が本当に望んでいたのは単に歩くことではなく、「お花と友達になること」であった。小村氏はこの物語を例に、「患者が本当に求めているのは、疾患を治すことの先にある、大切な人との時間や日常を取り戻すことである。医療者や研究者は、研究のスコープから見える狭い範囲だけでなく、患者の人生や幸福感の全体像を見なければならない」と訴えた。
 小村氏は、2024年7月にPPIプラットフォームを立ち上げた際、最初は患者を「意見を聞く集団」という役割にする動きもあったというが、そういった“対岸に置く”ような形にしてしまうと、いつまでも研究者と患者との溝がなくならないのではないかという問題意識があったことを提示。Fairy'sが目指すのは、研究者と患者が同じプラットフォームで横並びになり、継続してともに時間を過ごすことであると強調した。
 小村氏はこの関係性を“盆踊り”に例える。誰かに指示されて踊るのではなく、村人たちが自発的に櫓(やぐら)の周りで楽しむように、患者が主体となって研究者とともに臨床試験を創り上げていく姿だ。将来的には、患者の多様な幸福感(例えば、生存率の延長よりも痛みを和らげる効果を評価する等)を評価項目に組み込んだ、患者提案型の臨床試験の実現を目指していると示した。


「患者の声が医療を変える」薬剤師主導のPPI実践録

 東京医科大学病院薬剤部の東加奈子氏は、自身が携わる薬剤師主導のレジストリ研究(RESPECT study)において、いかにしてPPIを実践したかを赤裸々に語った。
 免疫チェックポイント阻害薬を使用する患者を対象に、ePRO(電子的患者報告アウトカム)を用いて免疫関連有害事象をモニタリングする本研究において、東氏は計画段階から患者会の代表者を交えて対話を重ねた。当初は「本当に自分にPPIができるのか」、「何をどう進めればいいのか」という不安や恐れがあったと吐露する。しかし、「患者さんの声がこの国の医療を最も変えることができる」という強い信念のもと、「やらない理由はない」と一歩を踏み出したという。
 PPIを実施する際、コロナ禍ということもありオンラインで行われたが、事前の準備に細心の注意を払ったと東氏は明かす。患者が緊張しないよう、参加する薬剤師の情報を事前に共有し、不明点があればすぐに(メール・電話問わず)相談できる体制を整えたことを示した。また、専門用語を避け、(CTCAEの有害事象の)「尺度」を「ものさし」と言い換えるなど、日々の服薬指導と同じようにわかりやすい言葉で資料を作成したという。
 患者との対話の結果、「ePROの入力自体は負担ではないが、長期間続くと飽きや疲れが生じる」といった率直な意見が引き出されたことを示し、半年後からは入力項目を必須項目と選択項目に分けるなど、研究プロトコルの改善に直接繋げることができたと強調。東氏は、「日々の臨床と臨床研究は連続しているものであり、決して別物ではない。患者と対話を通して医療を作っていくことは共通しており、日常の臨床は言わば『現在の研究』、PPIは『未来の患者にも重きを置いて、そしてイメージしながら創る研究』である」と示した。


患者を「お任せします」から解放するヘルスリテラシー教育

 慶應義塾大学病院薬剤部の中田英夫氏は、「患者市民参画に必要な医薬品情報」という切り口から講演した。
 中田氏は、臨床現場で治療方針を説明した際、患者から「難しいことはわからないので、先生にお任せします」と言われてしまうことが多い現状を指摘。患者が治療に主体的に参画できない背景には、知識不足による自信の欠如や、「医師は伝える人、患者はそれを受け止める人」という固定された役割意識等があることを示した。また、これを打破するためには、患者のヘルスリテラシー(情報を理解し、探し、批判的に吟味して活用する能力)を高めることが不可欠であると指摘する。
 そのための解決策として、中田氏は、薬剤師が調剤や服薬指導の業務を身につける過程を例に出した。最初は情報収集や指導がうまくできないが、実践と失敗、そしてフィードバックを繰り返し、自律的・継続的にこれらを習慣化していくことで知識と技術を高めていく。患者に対しても同様に、適切な情報へのアクセス方法(インプット)を伝え、実践するための手本を示し、そして適切なフィードバックを行うなど、これらを医療者側から提供する必要があるとした。
 その実践の場として、中田氏は定期的に市民公開講座を実施している。薬は使い方次第で毒にもなること、薬の使用について自身の状況に合わせてベネフィットとリスクを天秤にかけて考えることを啓発しているという。また、行動変容を促すためには知識だけでなく「モチベーション(動機づけ)」が重要であり、無関心な層をどう巻き込んでいくかが今後の大きな課題であると強調。個人の努力にとどまらず、患者が思い立った時にいつでも相談できる窓口の設置など、組織や社会全体でのしくみづくりが急務であるとした。


「連続意思決定」を支える、“伴走者”としての薬剤師

 NPO法人肺がん患者の会ワンステップの長谷川一男氏は、患者団体の代表としての立場から、グローバルな視点と日本の現在地を比較し、PPIの今後の展望と薬剤師に求められる役割について解説した。
 長谷川氏はPPIについて、「グローバル企業」、「アジア」、そして「日本」の3点から分析。グローバル企業においては、PPIがすでに臨床試験の質の向上や患者の脱落防止といった「エビデンス」として価値化されてきていることを紹介。一方のアジアの国々では、新薬へのアクセス自体が課題となることに加え、PPIが関わるのはHTA(Health Technology Assessment、医療技術評価)であることが多く、臨床試験の設計や承認といった開発上流のプロセスに関与しにくい現状を指摘した。対して日本は、自国で完結した承認規制当局(PMDA等)を有し、治験の運用を自律的に行える環境にある。そのため、開発上流のプロセスであっても、患者が「医療の質の向上」に向けて関与できる余地が非常に大きいという。
 そこで、長谷川氏が日本の薬剤師に提案したアプローチが、SDM(Shared Decision Making、共有意思決定)における連携である。現在、がん治療の選択肢は多様化し、「生存期間の延長を優先」、「副作用の軽減を優先」など、複数の正解が存在する。最適な治療を選択するうえで最も重要となるのが、患者自身の「価値観」の把握である。
 しかし、治療選択というただ一度の決定(SDM)のみで支援が完結するわけではないと長谷川氏は語る。治療開始後も、副作用の発現や生活状況の変化に伴い、休薬・減量はどうするか、支持療法はどうするか、生活の組み替えはどうするかといった「小さな決断」を繰り返す必要がある。長谷川氏はこのプロセスを「連続意思決定」と定義し、患者が「この選択でよかった」と納得できる状態へ導くことの重要性を指摘した。
 この観点から長谷川氏は、薬剤師の役割は単なる「副作用の対処」にとどまらず、患者が病気と付き合いながら生活を再設計するための「支援(伴走)」に変化していると強調。将来的には、患者の価値観が満たされたかどうかをPRO(患者報告アウトカム)などで定量的に測定し、そのデータを次の臨床試験のデザインや初回用量設定などに逆算して反映させるといった、新たなシステムの構築について提言した。


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