【レポート】添付文書の「その先」を読む。――DIのスペシャリストによる新薬評価のプロセスを体感する。

創薬技術の発展等により、既存薬の課題を克服した新薬が相次いで登場する一方、上市直後は使用経験が乏しく、添付文書だけでは既存薬との使い分けや用量調節の妥当性を判断しにくい場面があります。本稿では、新薬評価と相互作用マネジメントを支える書籍等をご紹介したうえで、第28回日本医薬品情報学会総会・学術大会のシンポジウムでの議論を整理し、そこからみえてくる今後の展望を考えていきます。
新薬評価の視点を整理するうえで参考になるのが、日本医薬品情報学会(JASDI)作成の『医療現場における新医薬品の評価の手引き』です。新薬は一定の有効性・安全性が確認されたうえで上市されるものの、市販後の使用経験が乏しく、開発時の情報だけでは適正使用の観点から不足する点が少なくありません。同書は評価項目の意義やPK/PD評価の考え方などを、Q&A形式で体系的に学べる資料(https://www.jasdi.jp/file/989)です。
そして、もう1つ重要な書籍となるのが、『これからの薬物相互作用マネジメント 臨床を変えるPISCSの基本と実践 第2版』です。本書が紹介するPISCS(Pharmacokinetic Drug Interaction Significance Classification System)は、各CYP分子種が基質のクリアランスに寄与する割合を示す寄与率(CR)と、阻害薬の阻害率(IR、あるいは誘導薬によるクリアランス増加率IC)を組み合わせることで、添付文書に記載のある組み合わせだけでなく、記載のない組み合わせについても血中濃度の変化を定量的に予測し、相互作用マネジメントに役立てるためのフレームワークです。
「薬を切り換えるべきか」、「用量調節で足りるか」といった臨床的な疑問に、経験則ではなく数値的な根拠を与えてくれる点が特徴です。スタチンや睡眠導入薬、免疫抑制薬、ワルファリンといった臨床上重要な薬剤群を対象に、具体的な活用法まで解説されています。
同大会で開催されたシンポジウム「リアル新薬評価会~新医薬品の特性や注意点をDI担当薬剤師と一緒に考えてみよう~」は、これらの理論的な枠組みを実際の医療現場でどう用いていくのかを体感できる場となりました。本シンポジウムでは、DIの専門家が新薬をどのような視点とプロセスで評価しているのかを、参加者が疑似的に追体験できる構成が採られました。当日は、新規のオレキシン受容体拮抗薬などを題材にしたPK/PDプロファイルの評価や、薬物相互作用の定量的評価などの観点から議論がなされました。
■ 短時間作用型プロファイルをめぐる専門家の視点
新規のオレキシン受容体拮抗薬A剤は、先行して販売されているオレキシン受容体拮抗薬と比較して消失半減期(T1/2)が約2時間と短く、翌朝への持ち越し効果が軽減されている点が特徴です。これは、脂溶性を下げて分布容積を小さくするとともに、受容体阻害活性も保持することを、分子構造の工夫によって乗り越えた結果とされています。この短時間作用型プロファイルは、条件付きながら自動車運転制限の緩和という臨床的な意義にも直結しています。ただし、血中濃度の推移とKi値(受容体結合親和性)から算出される受容体占有率の推移は乖離し得るため、血中濃度の推移だけで薬効の持続時間を単純に判断できない点が指摘されました。また、早朝出勤の有無や中途覚醒の頻度といった患者さんの生活リズムに応じた使い分けが重要になるという意見もあげられました。
■ 添付文書の減量基準では捉えきれないAUC変動を、「PISCS」で補う
相互作用については、添付文書上の「中程度のCYP3A阻害薬併用時は半量に減量」という基準に対し、実際にはAUCが3〜4倍程度上昇し得るとの報告があり、一律の減量基準で十分な安全域を確保できるかという疑問が提起されました。また、併用禁忌の記載の有無は開発段階の用量設定戦略にも左右されるため、「記載がない=リスクが小さい」と単純に解釈すべきではないという指摘もありました。こうした場面でこそ、先ほど紹介したPISCSのCR・IRの考え方が力を発揮します。添付文書に情報がない組み合わせに直面しても、薬剤師自身がCR・IRの値から概算のAUC変化率を導き、疑義照会や処方提案の根拠とすることができる点に、この理論の実務的な価値があります。■ 慎重な観察が必要な患者背景をどう把握するか ―審査報告書・RMP活用のすすめ
治験は高齢者や多剤併用中の患者を除外して設計されることが多く、承認時のエビデンスをそのまま外挿できるとは限りません。このギャップを埋めるには、添付文書だけでなく、PMDAの審査報告書や製造販売後のリスク管理計画(RMP)から、慎重な観察が必要な患者背景を読み解く姿勢が求められます。例えば審査報告書には、治験で除外された患者層に関する情報や、承認後に注視すべき安全性シグナルについての審査当局の見解が記載されており、添付文書には表れない情報が数多く含まれています。なお、今回の議論は主にPKの観点からの評価でしたが、今後は受容体感受性や遺伝子多型といったPD面の個人差も、新たな評価軸として検討が進むと考えられます。添付文書の情報をそのまま伝えるのではなく、その妥当性と限界を理解し、記載されていない事象まで想像する力こそ、これからの薬剤師に求められる専門性ではないでしょうか。そのためには、今回ご紹介した書籍のような理論的な枠組みを手がかりに、データに基づく思考のプロセスを自分のものにしていくことが、その第一歩になるでしょう。

これからの薬物相互作用マネジメント 第2版
定価3,300円(本体3,000円+税10%)
もしかしたら相互作用? その疑問に定量的なヒントを示します
薬物相互作用の強さと予測を臨床的なリスク評価設定に応用するためのフレームワークがPISCS(ピスクス、Pharmacokinetic Drug Interaction Significance Classification System)です。各CYP分子種の基質薬のクリアランスへの寄与率(CR)と阻害薬の阻害率(IR)、または誘導薬によるクリアランス増加率(IC)から血中濃度変化を推察し、添付文書に記載のある組み合わせだけでなく記載のない組み合わせまで薬物相互作用の影響を予測、リスク評価することができます。「薬を切り換える?」「用量調節する?」「用法調節だけで大丈夫?」など、さまざまな臨床的な疑問に定量的なヒントを示すPISCSを解説した好評書の改訂版がいよいよ登場です。