2025.03.10

【Webエッセイ】AI搭載の電子薬歴で遊んでみた

AI搭載の電子薬歴で遊んでみた

「でたよ、ChatGPT…」

 電子薬歴のバージョンアップについての資料をぱらぱらとめくる。“AI SOAP自動生成機能(ChatGPTの活用)”と題されたその機能の説明を眺めながら、僕はある討論を思い出す。テーマは「AIの台頭において、薬剤師の仕事は奪われてしまうのではないか?」というものだ。

 とあるセミナーのパネリストとして登壇していた僕は、ChatGPTのようなディープラーニングによって進化してきたAIであっても、しょせんは人間のふりをして一般的なことを回答するだけ――だから、「AIそのものを怖いとは思わない」と回答したのだった。AIができないこと、それは個別最適化であり、調剤とは薬物療法の個別最適化なのだ。

 しかし、これは医療に限らず、サービスを提供する側が高度な専門性を必要とする分野では共通のことだが、サービスを受ける側は、じぶんの受けたサービスがほんとうによいものかどうかを判断することができない。そういった特徴がある。つまり、この医療の特徴に当てはめれば、医療者サイドがAIの妥当性を評価できたとしても、そのサービスを受ける患者サイドにそれを求めることは難しいわけだ。

 そして医療者サイド、僕ら側にも懸念はある。

 AIを否定することは現実的ではないため、それを実装したうえで薬剤師の業務をどう考えていくのかが主眼となるわけだが、ここに大きな不安が残るのだ。AIを実装して新しいことに取り組んでいく、そのこと自体にではない。そうではなく、AIを搭載した便利なツールをどう使っていくのか、ここに僕の心配がある。そういった利便性の向上自体が薬剤師の能力をスポイルしていくのではないか、と。

 AIの脅威を考えるうえで、AIそのものを僕ら側の視点だけで評価すること、それだけでは思慮が足りない。AIそのものがもたらす影響にくわえ、効用のわかりにくさといった医療の特徴、そして利便性に頼りすぎることによる薬剤師の能力低下、そういったものを勘案するに、「これは脅威かもしれない」と考えを改めるに至ったのだった。

AI搭載の電子薬歴で遊んでみた

 さてさて、AIを否定することは現実的ではないのだった。件の電子薬歴に搭載された“AI SOAP自動生成機能(ChatGPTの活用)”の資料をよくよく読むと、まずは患者応対のやりとりをiPadに聞かせて文字起こしを行い、その話者分離された(薬剤師のコメントと患者のコメントに分けられた)情報をもとに、SOAP薬歴を自動生成するといったものであった。つまり、おおもとのデータは薬剤師の能力によるわけだ。患者に応じた、つまり個別最適化された服薬指導を実施していれば、あとはそれを10~15秒ほどで文字に起こして、さらに10~15秒ほどでAIがそれをSOAP薬歴にしてしまう。素晴らしい。くわえて、これはデフォルトの機能で、追加料金が一切かからないというのもこれまた素晴らしい(笑)。

 実際に試してみる。SPに関しては、ほぼ完ぺき。Oには検査値データや薬歴からの情報、そして患者の表情、生活像などを付け加える必要があるかもしれないし、Aは薬剤師の考えなので、多少の修正は必要になるだろう。だが、十分だ。これは使える。自動生成されたSOAP薬歴を吟味しないのはありえないが、イチからカタカタと打っていくのとは雲泥の差だ。

 と、ここでいたずら心が顔を出す。同僚の薬剤師をつかまえて、ダメダメな患者応対の場面をデモンストレーションしてみる。

薬剤師
橋口さん、お待たせしました。えっと、いつものお薬です。変わりないですか?
橋口さん
はい。
薬剤師
よかったです。じゃあ、あの…お大事にしてください。

 その短いやりとりは10秒もかからず文字起こしされ、つづけて表示されたSOAP薬歴のEp(薬剤師が行ったこと)にはこう記されていた。「特に情報提供や指導は必要なかった」と。つまりAIは、この薬剤師は何もしなかった、と判断したわけだ。いや正直に申告したと言うべきだろうか。こういった技術が当たり前になったとき、ただAIを否定する、AIの実装を拒むことは、仕事をしていないと指摘されるのが嫌なだけなのでは、と勘繰られる。そんな時代がくるのかもしれない。

山本 雄一郎(やまもと ゆういちろう)

1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。

@kumamotoPh usan_appleph

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