【山本雄一郎のWebエッセイ】私の仕事なんて…とフラクタル

皆さんの仕事に比べると、私の仕事なんて…
ゴールデンウィーク明け、店舗に足を運んだ僕は、ある1人の若手社員と相対していた。その様子からは、明らかなモチベーションの低下と自信の喪失が見てとれる。彼女は、天井の蛍光灯に目をやったあと、再びじぶんの手元に視線を戻し、言葉を絞り出す。ふつうの薬剤師の仕事もまだまだで、管理薬剤師や幹部の先生方のような難しい仕事でもないのに…。そんな趣旨だった。
5月、新しい生活環境や職場環境が引き金となり、こんな状況に陥ってしまうことを5月病という。とくに新入社員に多いらしい。働きがいやモチベーションを高めることで離職を防止するリテンション(人材確保)が重要だ、と先日の役員向け研修で習ったばかりだ。体調や気分に左右されることも多く、こういうとき、まずは休みを取ったり、リフレッシュしたりして心の充電を図ってもらうようにしている。
そういえば、僕もこんな考えに陥ったことがあった。いまから20数年前、MRだったころのことだ。いまの仕事で苦戦しているようなら、大きな病院を担当したときに、役職があがったときに、ちゃんとこなせるのだろうかと。僕の場合、当時の諸先輩方からとにかくいっぱい背中を押してもらった。
「何事も経験だ」
「役職が人をつくるんだから心配ない」
「心配事の9割は起こらない」
これら励ましの言葉には感謝しかないのだが、当時の僕は「いや、言うは易く行うは難しって言うじゃん」なんて思っていた。それからいろいろなステージで仕事をするなかで感じたことは、結局どのステージにおいても、仕事ってたいへんなんだよな、ということだった。
ステージを変えても同じようにみえるフラクタル
「フラクタル」という言葉をご存じだろうか。代表例として、リアス式海岸やノルウェーのフィヨルドが挙げられるあれだ。学術的な説明だと味気がないので、僕のお気に入りの書籍から紹介したいと思う。
#15 フラクタル〔自然界にいくつも現れる美しい“縮小コピー”〕
雲の輪郭、稲妻の軌跡、シダ植物の葉、海岸線、木の枝、血管。自然界には、拡大しても同じ図形を見てとれるものがあります。このように、全体が自身の“縮小コピー”からできている構造を、「フラクタル構造」といいます。
フラクタルという言葉ができたのは1975年。フランスの数学者・経済学者ブノア・マンデルブロが、ラテン語で「壊れた、ばらばらになった」を意味するフラクタス(fractus)という語にちなんで、フラクタルと名付けました。(中略)フラクタルという概念を知ると、自然界には実際たくさんのフラクタルがかくれていることに気づきます。彼に倣って、身近にあるフラクタルを探しに出かけてみるのはどうでしょうか。-古河郁:世界のかけら図鑑.KADOKAWA、p42、2024
わざわざ探しにいかなくても、目に見えなくても、自然界にたくさん存在しているフラクタルは、僕らの仕事の世界にも存在している。彼女にとって難しそうにみえた僕らの仕事だって、どんどん細部を拡大していって、より現場に近い仕事だって、そのたいへんさは変わらない。これは僕の経験上の話なのかもしれないけれど、そこが美しいかどうかは別にして、フラクタルは確かに存在していて、そのたいへんさに向きあい、その仕事に徐々に慣れていっただけなんだと思っている。
また、これは同じ業種の中だけの話ではないと思っていて、「そちらの仕事に比べると、僕らの仕事なんて…」というパターンでもそうだ。だいたい働いてお金を稼ぐことが簡単なはずがない。どんな仕事だってたいへんで、卒なくこなせるようになるにはそれなりの時間がかかるものなのだ。
1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。
