【山本雄一郎のWebエッセイ】最近の講演事情について思うこと

2025年度も四半期が経過した。今年度も薬局薬剤師として、経営者として、そして薬局薬学のエディターとしての活動を続ける予定にしている。ところで、いま挙げた薬局薬剤師、経営者、薬局薬学のエディター、これらは僕のアイデンティティでもある。
じぶんは何者なのか? それは職業だったり、役職だったり、じぶんで名付けた役割だったりといろいろではあるが、僕という人間を支える柱でもある。柱というものはなるべく多いほうがいい。柱は多ければ多いほど、一つの柱が崩れたとしても、きっと僕を支えてくれるだろうから(彼女にフラれて立ち直れないキミは、こういった柱の数が足りないのだ)。
薬局薬学のエディターは、自ら考え、名乗るようになった。浸透しているとは思えないし、ここではそれがどういうものであるかには触れないが、サルトルを持ちだすまでもなく、僕らはじぶんが何者であるかを、他者とのかかわりを介して形作っていくことができる。ということは、じぶんで表現できなければ、じぶんは何者にもなれないともいえるわけで、この世の中はなかなかに手厳しい。
オンライン講演の功罪?
さて、薬局薬学のエディターとしての仕事は主に二つで、執筆と講演。ここでは、最近の講演事情について思うことをつらつらと書いてみたい。
今年度も続々と講演依頼が舞い込んでいる。日本薬剤師会、熊本県薬剤師会、熊本大学薬学部、崇城大学薬学部、そして企業が4社。まことにありがたいことだ。最近の講演依頼の多くがオンラインで、コロナ以前は全国各地に呼んでもらって、ふだんお会いできないような方々に出会い、訪れることもなかったような場所に出向き、その土地ならではのお酒や食事を堪能していたものだが、パンデミックが終息してもそういった楽しみは戻ってこない…まあ、それは仕方がない。あの頃はよかったってやつだ。
もちろん、オンラインならではのいいこともある。たとえば、リアルの場に赴くことができないような人にも声を届けることができるし、リアルよりもより多くの方に視聴してもらえる。そういった利点があることは十分に承知しているのだが、困ったこともある。
その一つが、講演内容の問題だ。講演後のアンケートに「聞いたことがある内容だったので残念だった」「違う話が聞きたかった」とあったりするのだが、僕としてはその土地でお話するのは初めてだし、さらにそれが先方から依頼された内容だったりもする。コロナ以前ではあまりなかったことだ。
さらに、もう一つ。これはオンラインで顕著なのだが、その講演料の安さについて。薬剤師会や所属学会、大学からの依頼は構わない。薬剤師会や所属学会にはお世話になっているし、学生への講演はウェルカムだ。でも、運営が営利企業でその価格はないんじゃないの、と思ってしまうことも少なくない。いま企業からは4社、講演の依頼が届いていて、そのすべてがオンラインだ。毎年、講演を引き受けているG社を除いた3社の講演料は、A社:90分2万5,000円、B社:90分2万円(4回目以降は3万円)、C社:条件提示なし――。この報酬が適正かどうかは人それぞれ、といえばそうなのかもしれない。ただ、僕は薬物療法の専門家、そして薬歴のトップランナーという“プロの仕事”としてはかなり安いと思っている(繰り返すが、非営利団体は当てはまらない)。もちろん、そのような報酬でお受けすることもあるにはあるが、それにはそれ相応の理由がある。本を宣伝したいとか、承認欲求を満たしたいとか、じぶんが何者であるのかを知りたいとか、エトセトラエトセトラ。
講演のとき、それはもう緊張する。業務でも自己研鑽でもないそれは、間違った内容を伝えることによって、聴講者に迷惑をかけるだけではなく、エンドユーザーである患者さんの不利益にもつながりかねない。だから、それなりに時間をかけて準備をする。スライド作成だけじゃない。それだけであんなに時間ぴったりにまとまるはずもない。また、「事後アンケートに応じてくれませんか」「会員サイトで期間限定のアーカイブ配信もお願いします」「セミナー抄録誌の内容を確認してください」と、次から次へと後出しの関連タスクが増えていく…こういったこともオンライン講演ならではだ。
後進にまで同じ待遇を強いてしまわないか
日本という国では、こういったお金の話をすることはいやらしいこととされる。「いや、まだいいほうだよ、謝礼なし、交通費なし、完全手弁当での講演依頼」という話も医療業界ではよく耳にする。でも、プロの仕事がそれでいいの? と僕は思う。そして、こうも思う。僕らがそんな安価もしくは無償で、安易に講演を引き受けていたなら、きっとそれがこの業界の基準になってしまう。そしてそれは、僕らに続く志のある人間にまで同じ待遇を強いてしまうことになりはしないだろうか、と。とりあえず、A社とB社にはお断りのメールを返信しようと思う。それはけっして面倒だからではないのだ。
1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。
