【山本雄一郎のWebエッセイ】薬学生に構造式をレクチャーしてきた

気温37℃、西日本の15県に熱中症警戒アラートが発表され、危険な暑さとテレビで表現されていたこの日、僕は某大学の薬学部にお邪魔していた。4年生に対して“構造式”のお話をするためだ。会場の教室に入ると冷房がよく効いている。例年、質疑応答を含めて、たっぷり2時間。講師として紹介され、一礼の後、僕は早々に上着を失礼して臨戦態勢に入った。
臨床現場と大学で習っていることを繋げてほしいのです
僕に講演を依頼した大学教員の先生は、僕の書籍1)を手にこう続けた。
「先生におかれましては、医薬品の構造式に大変お詳しく、かつ臨床での応用や実践についても深い造詣を持っていらっしゃいます。せひ、先生のお力をお借りして、本学の4年生に構造式を学ぶことの意味や重要性について、先生のお考えをレクチャーしていただきたいのです」
学生に対して講演をすることはやぶさかではない。が、僕に構造式を話す資格があるのか、適任なのか、といったら、そうではないだろうと強く思ったことを今でもはっきりと覚えている。まったく自信はないままに「書籍の内容でよければ」とお受けして、今年ではや3年。内容は毎年そう変わらないのだけど、毎年なぜか好評で、すでに来年も「同様の内容で構わないなら」ということで行う予定になっている。
講演では自己紹介もそこそこに、パワーポイントのノートに残されている毎年お決まりのセリフから入る。
「構造式を中心にお話しますが、正直にいうと構造式って臨床の現場ではそんなに役に立ちません。服薬指導を中心とした薬学管理だけなら不要、という意見にもしぶしぶですが賛同します。ですが、構造式や製剤学って、医療現場のなかにおいて、薬剤師しか履修していない。餅は餅屋といったことを示せることもままあるよ、といった内容を今日はお話しようと思います」
構造式の知識を臨床にどう応用するのか
構造式の講演といっても、臨床に近づけるためにはどうしてもある程度の、いわば前提知識が必要となる。例えば、ICS+LABAの話2)をしようとすると、喘息の病態と、そこで使われる吸入薬(ICSやLABA、そしてICS+LABAといったコントローラと、リリーバーのSABA)がわかっていないといけない。また、構造が変われば、当然ながら代謝や物性、そして体内動態だって変化する。だから、そもそも代謝とは? といった基本的な話も必要になるし、なぜ物性が、体内動態が、半減期などのパラメータが、つまり薬のふるまいというものが変わるのか? といったことにもどうしても触れることになる。だから、構造式の講演といっても、構造式のことだけ、基本骨格や置換基、そして部分構造といった話だけでは不十分と言わざるを得ない。それでは臨床には近づかないのだ。
もちろん、構造式でわかることなんてわずかにすぎない。でも、例えば、薬物動態学3)だって、すべての薬に適用できるわけではない。血中薬物濃度を中心に考える薬物動態学のテキストに登場する薬というのは、薬物動態学で説明がつくものばかりだったりする。それがわかるようになったらたいしたもので、そういった薬物動態学や構造式も使えるときに使えばいい。いや、薬理学だってそうだ。適切な場面で、よりフィットする理論を使えばいいのだ。だって、僕らが武器としている薬学という学問は、決して悪い意味ではなく、すべてが仮説なのだから。
最後に私から質問です
この講演を企画している先生が質疑応答の締めくくりに質問を投げかける。
「これは毎年、質問させていただいているんですけど、先生は薬局の経営をしていらっしゃいます。先生が薬学生を採用するとして、どんな学生を求めますか?」
僕の回答もたぶん例年と変わらない。
「僕らの武器は薬学です。といっても、医師のオペのように特別なことをするわけではなく、薬を安全に納得して飲んでもらえるように、薬学で、言葉で、患者の理解や行動変容を促します。では、その言葉はどのように患者に届くのでしょう? それは薬剤師と患者の関係性、つまり人間関係を通して、患者の感情に届く。そして、その結果として患者の理解や行動変容につながるのです。ですから、いくら成績が良くても、人間関係を重んじない学生は遠慮したいです。また、薬局薬剤師は患者の人生に介入します。ですから、いや、だからこそ、自分の人生を大切にできる、そんな人材を求めています。なぜなら、自分の人生を大事にできない人間が患者の人生を良くしたいなんて思えるはずがないからです。皆さんが、薬学で、患者の人生をより良いものにしていく。そんな日がくることを楽しみにしています」
参考文献
1)山本雄一郎:薬局で使える実践薬学.日経BP、2017
2)山本雄一郎:シムビコートの類薬であるアドエアでSMART療法ができない理由は? 日経DI、2025
3)日本薬学会:薬物動態論 ファーマコキネティクス/薬物速度論/薬物動態学.2024
1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。
