2025.09.10

【山本雄一郎のWebエッセイ】人生も半ば過ぎて、なお道の途中で

「俺らももう50歳、人生半分終わったよー。これからどうする?」

 久しぶりに開催された“50歳の集い”という名の同窓会。なんとなく見覚えのある高校時代の同級生が、僕の向かいに座ってそう口にした。

「何歳まで生きるつもり?」と僕が返すと、皆一様に笑いながら頷き、方々から突っ込みが入る。確かに人生100年時代とはよく耳にするけれど、健康寿命の問題もあるし、東浩紀の「35歳問題」に立つなら人生はあと20年、男性の平均寿命から考えてもあと30年ほど。いずれにせよ、ここに集まった同級生の人生は、その可能性が徐々に収斂していく。五十にして天命を知る――というほど大げさではないにせよ、一度は「自分の人生が何のためにあるのか」と考えたことがあるはずだ。名前を思い出せなかった彼も、そんな思いを口にしたかったのではないだろうか。

記憶のかぎに触れて

 長生きしたくないわけではない。病気にはなりたくないし、事故で助かっても痛いのは御免だし、後遺症もいやだ。とにかく避けたい。ただ「長生きして何がしたいのか?」と問われると、確かに言葉に詰まる。平穏に、何事もなく人生を過ごしていくとしても、それは「何のため?」という問いに向かい合うことになる。そんな個人的な話こそ、次にいつ会えるともわからない同級生にこそ尋ねてみたい。小さな笑いと引き換えに、そんな貴重な機会を奪ってしまったとすれば、たいへん申し訳ないことをした。

 そんな彼は、僕の名前や所属していた部活、一緒につるんでいた友人まではっきりと覚えていた。対して、僕は彼の名前をまだ思い出せない。コップに注がれたビールを一気に飲み干し、意を決して彼に名前を尋ねる。その瞬間、記憶はいったいどこを彷徨っていたのだろうか、一気に押し寄せてきた。よかった、僕は来る場所を間違えていたわけではないようだ。会のなかには教師になった同級生も何人かいて、彼らも不思議と皆の名前をよく覚えている。教師の特殊能力か? そういえば、旅先で元担任にばったり出くわしたときも、卒業して何年も経つというのに「山本か!」と即座に声をかけてくれた。職業柄とはいえ、あれはじつに驚異的な能力だと思う。

変わるもの、変わらぬもの

 卒業アルバムと見比べると、女性に比べて男性はそんなに変わっていない。大きな変化といえば頭の、髪の具合くらいだろうか。それに引き換え、女性の多くはずいぶん印象が違う。一方で、彼女たちからすると、女性陣は女性陣でぜんぜん変わっていないとおっしゃる。見比べてもそうは思えないのだが、「男の人は見るところが違うからね~、うふふ」とのことで、なんだかこれ以上は触れてはいけないような気がしてくる。ちょうど声をかけられたのもあって、そそくさと席を移ることにした。

「ゆういちろう、こっちおいで! お酌させてあげる」

 3年のときにクラスメイトだった彼女は、彼女だけは昔と変わらないようにみえる。インパクトが強烈だと外見の些細な変化など影響しないのかもしれない。いまは看護師として活躍しているらしい。きっと周りからも頼りにされていることだろう。

雨の夜の帰り道

 50歳の集いはじつに心地よい空間だった。ノスタルジーだけではない。そこでは誰も自分がいま何をしているのかを誇るようなことがなかったのだ。それがいい雰囲気につながっていたのだろう。僕はシオランの一節を思い出しながら、皆が無事に立派な中年になっていることに安堵した。

自分がしたことを誇るのもよかろう。だが、それよりも私たちは、自分がしなかったことを、大いに誇るべきではなかろうか。その種の誇りを、ぜひとも創り出すべきだ

-シオラン(出口裕弘・訳):告白と呪詛.紀伊国屋書店、p54、1999

 同級生には僕と同じ薬局を営む友人もいて、少し遅れて登場した彼はとにかく疲れていた。お開きの頃には、僕もかなり酔っていたのだが、彼は僕の肩を借りないと歩けないほど酩酊していた。「一人で歩ける」と宣言してはマンガのようにズターッと豪快に、笑えるほど前のめりに転倒していた。何度も何度も繰り返すその姿は、リピート再生される短い動画のようであり、なんだか彼の人生そのもののようにもみえてくる。

「眠い…とにかく眠い…」

 力なくつぶやく彼に肩を貸し、線状降水帯から降り注ぐ大粒の雨のなか、タクシーをめがけてひきずるように歩いていく。あのタクシーに乗れば、家に帰れて、ぐっすり眠れる。ずぶ濡れの僕らはもうそのことしか考えていなかった。

山本 雄一郎(やまもと ゆういちろう)

1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。

@kumamotoPh usan_appleph

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