【山本雄一郎のWebエッセイ】僕のデスクのジャングル・ジム

若手薬剤師のための「実践薬学Q&A」というWEB連載1)を書いている。この連載は、かつて出版した書籍2)を若い薬剤師にも読んでもらいたいというオファーをいただいて始めたものだ。まあ、平たく言えば、「売れ行きが芳しくないから連載を通して宣伝しましょうよ」というわけだが、毎月楽しく執筆作業に勤しんでいる。といっても、初版は2017年、すでに9刷を重ねていたりするので、それなりに支持いただいている良い本なのだ(笑)。そして、WEB連載はというと、書籍の内容をQ&A形式に再構成しているので、実質的には複製作業に近く、執筆に多くの時間はかからない。
と、こう書いて、ふと「複製の時代」というフレーズが思い浮かんだ。僕の言葉ではない、どこかで耳目したはず、と本棚をごそごそと30分ばかり探してみると、長田弘さんの言葉だった。
複製の時代、複製が文化である時代が、今という時代です。わたしたちが情報の名でよんでいるのは、おなじものをいくらでもつくれるコピーのことであり、コピーというのは、いろいろなものをみなおなじにしてゆく、おなじものをたくさんつくるという考え方を実現したものです
-長田弘:読書からはじまる.ちくま文庫、p73、2021
長田さんはこの本のなかで、情報とはコピーであり、限りなく存在を薄くしていくものだとしている。反対に、可能な限り存在を厚くするものが記憶であり、そんな記憶の手渡し方が大事で、そういった物語の役割にも言及している。僕の書籍も物語風になっていて、そのことが読者の支持につながっているのかもしれない。
記憶といえば、長田さんには『記憶のつくり方』という詩集があって、「ジャングル・ジム」という詩の最期に、僕のお気に入りの一節がある。
ひとは大人になって、高さを忘れる。平行になじんで、垂直を忘れる
-長田弘:記憶のつくり方.朝日文庫、p49、2012
薬局での薬剤師業務に慣れたころ、平行になじんでしまった僕は、日常業務における疑問をそのままにしてしまっていた。そう、垂直を忘れていた。この詩の一節は、高さというものを忘れてしまっていた僕のそんな態度を改めさせてくれたのだった。そうやって、ジャングル・ジムに立って開けた世界が、ソクラテスの連載3)であり、先の書籍なのだ。
そんなことを思い出しながら、『読書からはじまる』のページをめくる。ついつい過去にアンダーラインを引いたところを中心に読み返してしまう。
「再読は、忘却とのたたかい方でもあれば、必要な言葉を自分にとりもどす方法でもあるのです」(同書 p35)
「言葉は、人の道具ではなく、人の素材なのだ」(同書 p145)
「そろそろ仕事に戻らないと…」と思いながらも、なんとも魅力的なフレーズが次々と押し寄せてきて再読をやめさせてくれない。こうやって時間は溶けていく。ちなみに積読も次のように肯定されていた。
本というのは、本を開いて読めばいい、読まないうちは本を読んだことにはならないのだということではないのです。本は読まなくてもいいのです。しかし、自分にとって本を読みたくなるような生活を、自分からたくらんでゆくことが、これからは一人一人にとってたいへん重要になってくるだろうと考えるのです
-長田弘:読書からはじまる.ちくま文庫、p62、2021
本を読みたくなるような生活、そういう環境をたくらんでゆく。本棚の前を行きつ戻りつしては考え、目の前に積まれた本を前に浮き沈みし、そして何かをアウトプットしていく。それは効率とは無縁の世界だ。なんなら整理整頓すらされていない。僕のデスクに乱雑に積まれた本や書類のいくつかの山はつらなり、さながら“ジャングル・ジム”のようでもある。それは、僕の無意識が、抑圧された考えや本能がたくらんだ環境なのかもしれない。
参考文献
1)山本雄一郎:若手薬剤師のための「実践薬学Q&A」.日経DI
2)山本雄一郎:薬局で使える実践薬学.日経BP、2017
3)山本雄一郎:山本雄一郎の「薬局にソクラテスがやってきた」.日経DI
1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。
