2026.02.10

【山本雄一郎のWebエッセイ】結婚式での主賓挨拶

 社員の結婚式に参列した。格式のあるホテルでの結婚式はひさしぶりだった。新郎新婦はなんとも仲睦まじく、式は終始和やかに進行した。別に騒がなくても気分は自然と高まり、真っ昼間からのアルコールも手伝って、じつに心地良い時間を過ごすことができた。お二人には幸せになってほしい。心がちょっとだけきれいになった気がした。

 当社で最近結婚したのは彼だけではない。いつの間にか苗字が変わっている、結婚式は挙げない、というのも最近では珍しくないようだ。コロナ禍以降、そういった傾向はいっそう増しているように思う。まあ、それぞれ事情もあるだろうし、それだけ自由な社会になってきたと考えれば、喜ばしいことでもある。

主賓挨拶の言葉を探して

 ところで、結婚式に参列といっても、今回は与えられた役回りがある。そう、主賓挨拶だ。これがなかなかにたいへんで、「挨拶なんて使いまわせばいいんだよ」との助言も頂くのだが、新郎新婦との関係性もあるし、なにより会社からの参列者はだいたい同じ顔ぶれなので、格好悪いというか、きまりが悪い。結局、エッセイの原稿さながら、文面を考えることになる。

 基本的な流れとしては、自己紹介から始まって、祝辞、エピソード、最後に新郎新婦へのはなむけの言葉、といったところだ。しかし今回は、「彼の名前の読み方は?」と自己紹介のパートからいきなり躓いてしまう。慣れ親しんだ呼び名があると、本名がすっと出てこないのだ。でも、そういう関係であればエピソードは簡単に書けてしまうのだから、良し悪しなのかもしれない。問題は、新郎新婦へのはなむけの言葉だ。ここがいつもと同じだと、「いつものやつですね」となってしまうわけだ。むむむ…。

「ありふれたもの」と愛着

 新婦と仲の良い様子がよく伝わってくる彼には、サン=テグジュペリの言葉を届けたいと、まず思った。

愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向をみることだ

——サン=テグジュペリ(堀口大學・訳):人間の大地.新潮文庫、p216、1955

 仲の良い二人には、見つめ合うのもほどほどにして、ともに同じ方向をみながらいつまでも歩いていくんだよ、と伝えたい。しかし、この一節はあまりにも有名で、結婚式では定番といってもいい。他になにかいいフレーズはないかと思案する。「夫婦というありふれたものになろうとしている二人へのはなむけの言葉」と口にした途端、“ありふれたもの”という言葉が脳内で引っかかった。

 本棚にある長田弘の文庫を端から順に手にとり、ページをめくっていく。アンダーラインを引いた文章を探していると、何冊目かでようやくお目当ての一節にたどり着いた。

ありふれたものをすばらしいものに変えるのは、つねに愛着である

——長田弘:私の好きな孤独.潮文庫、p88、2022

 サン=テグジュペリと長田弘の名言を紹介した後、この二つを重ね合わせて僕なりのはなむけの言葉を彼らに贈った。

呼び名が表す愛着の深さ

 主賓挨拶という大役を終え、ほっとしてアルコールに手を伸ばした僕は、いつのまにか「愛着」という言葉の記憶を辿っていた。

 愛着と聞いて僕がまず思い浮かべるのは、我が家のぬいぐるみだ。彼には思い出とともに呼び名があり、いつも我が家のどこかにいる。引っ越しを何度繰り返しても、彼は僕らの目の届く場所で座っている。

「法人がなくなっても、屋号が残ってよかったです。薬局名には愛着がありましたから…」そう言ってくれた社員もいた。僕も同じ気持ちだった。

 ずっと昔、自転車を大事にしている友人がいた。彼女はどこにでもあるような何の変哲もないママチャリを「〇〇号」と呼び、話しかけながらその車体をよく磨いていた。

 彼は、ふだん彼女をなんと呼んでいるのだろう。おそらく、すでに愛着ある呼び名があるに違いない。それを役割の名前に置き換えないほうがいい。そのほうが夫婦というありふれたものが、きっとすばらしいものになる。彼女が妻になっても、母になっても、彼だけは、いまのままの呼び名で呼び続けていてほしい。そう思った。

山本 雄一郎(やまもと ゆういちろう)

1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。

@kumamotoPh usan_appleph

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