【山本雄一郎のWebエッセイ】薬剤師教育という「場づくり」

大淀川に架かる橘橋で強風に煽られる。会場まではあと少し。熊本駅から新幹線と高速バスを乗り継いで3時間。同じ九州なのだが、宮﨑にはなぜか「はるばる」という言葉を使いたくなる。第14回九州山口薬学会ファーマシューティカルケアシンポジウムに参加するため、僕は宮﨑を訪れた。
「先生は、以前よりアップル薬局にて様々な勉強会を開催し、日々の業務を通じスタッフの薬剤師力を高める活動をされてきたと認識しております。また、ブログ・SNS・書籍・講演会などを通じ、多くの薬剤師に『薬学の楽しさ』を伝えておられます。さらには、薬歴の書き方を通じ、『薬剤師の技術継承』についても熱い想いを持ち、本学の学生にも長年ご講義いただいております。ぜひ本シンポジウムにおいて、先生が考える薬剤師教育のあるべき形をご講演いただけませんでしょうか」
お世話になっている先生からのオファーとあっては断れない。しかもテーマは「薬剤師教育」ときた。いままで僕の講演といえば、その8割が薬歴、そして残りの2割が学術的な内容に終始していただけに、このテーマは新鮮だった。この機会を逃せば、薬剤師教育について話すこともあまりないだろう。そう思い、ここに僕の私見を記しておくことにする。
技術継承という構造的な課題
政策誘導によって生じた小規模乱立状態の保険薬局。そこでは技術の継承というものが十分に行われているとは言い難い現実がある。一人薬剤師なんて、その最たる例かもしれない。そして、その薬局の技術レベルは、その薬局の薬剤師の、個人の頑張り次第という構造的な問題があるように僕の目には映っていた。この問題に対し、たとえ一個人の拙い経験でも役に立つかもしれない——そう考え、“薬局薬学のエディター”を名乗り、情報発信を始めたのが2008年頃のことだ。
情報発信を続けているうちに理解できたことがある。それは、そういったアウトプットの場は、とりもなおさず僕自身を成長させるものであったということだ。
力があって、表現したいことがあるから、表現するとばかりは言えまい。表現する場があって、力がうまれてくるのではないか
——齋藤孝:くんずほぐれつ.文春文庫、p86、2005
表現の場が薬剤師を育てる
薬剤師教育という場面においても同様に「表現する場をもつ」ことが重要だと考えている。僕の会社では、POS勉強会やRS勉強会を開催しているが、それらは社内薬剤師の表現する場となっており、それが薬剤師自身の成長へとつながっている。
ことさら何かを教えるというよりは、「場をつくり、維持していく」こと。それがいまの僕の責任というわけだ。とはいえ、誰かがいないと勉強できないというわけにはいかないので、経験を一つで終わらせない勉強法や、思考の型となる薬歴のひな型を作成する勉強法1)といった自己学習の方法も紹介している。
加えて僕が大事にしている教育コンテンツといえば、合宿だ。もう10年以上改訂を重ねてきたテキストを2024年に書籍化したこともあって、シンポジウムでも概略を紹介したのだが、この合宿だけはいまだに僕が中心となって取り仕切っている。薬剤師論、副作用学、添付文書補講、相互作用学、薬歴考——と、後進に伝えたいことは山のようにあるからだ。もちろん、到底1泊2日程度で理解できるはずもないことは承知している。根底にあるものを伝えられればそれで十分、そんな思いで続けている。
経営者になってみえた教育の価値
薬剤師教育を論じると、やれ専門薬剤師だ、やれ加算の取り方だ、といった話題になりがちなのだが、薬局経営者となったいまの僕はもっと別の側面から薬剤師教育を捉えるようになってきた。尊敬する杉山正康先生は次のようなことを述べられている。
「薬局で仕事をしていて、何も得るものがない」と勤務薬剤師が職場を転々とする話しをよく聞く。つまり、「薬局長、薬局オーナーなどの指導者は、常に高い学術レベルを維持し、勤務薬剤師が満足して勉強できる環境を整備しなくてはならない」と言うことである。指導者の自覚がなければ、長く薬局に勤務する薬剤師もいるはずはなく、存在価値のある薬剤師など育成できるはずがない
——杉山正康:薬剤師の存在価値.糸島薬剤師会雑誌、2004
僕もこれに完全に同意する。かつては後進を育てる責任を感じて行動していたが、いまでは薬局経営者として「教育は経営戦略の一環でもある」と考えるようになった。教育が未来への投資だとすれば、人を育てることは組織の存在価値を育てることにほかならない。だから僕は、これからも学びの文化をこの薬局に残していきたいと考えている。
引用文献
1)山本雄一郎:改訂版 誰も教えてくれなかった実践薬歴.じほう、2024
1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。
