監修のことば
著者の2人から、研修医・総合診療医が自信をもって女性診療のファーストタッチができるような産婦人科研修マニュアルを作りたいので、是非監修してほしいという依頼が来ました。著者の一人、西島翔太先生は2008年から4年間、当科での後期研修を経て産婦人科専門医を取得しました。適応と要約を判断して自ら執刀した緊急帝王切開で長男を取り上げたり、化学療法中の味覚障害に関する論文が「Gynecologic Oncology」にacceptされたりと、非常にactiveかつ患者さんやスタッフからの信頼も厚い研修医時代でした。われわれ指導医には、当科でも立派な産婦人科後期研修医(専攻医)を育てられるという自信を与えてくれました。もう一人の石田健太郎先生は、西島先生とともに海外医療に従事し、産婦人科におけるチーム医療の重要性を認識されました。現在は西島先生と同じクリニックで患者さんや家族に寄り添った医療に積極的に取り組んでいます。この熱き2人からの依頼を断るわけにはいきません。
当科では、以下の2点を指導医共通の研修医指導目標にしています。①初期研修医には、目の前にいる患者さんの状況を的確に把握し、その問題点を自分の力で考え解決できる知識・技術・行動力のある臨床医に育てる。②後期研修医には、ただ「忙しい」日常臨床で終わらせず、職務をやりくりして学会・研究会などに積極的に参加・討論し、国内外の最新情報を吸収するとともに情報発信できる臨床医に育てる。
本書は、これらの目標も達成すべく、主に初期研修医や総合診療医を対象に、産婦人科疾患の診断・対応や管理上の実践的なポイントを中心にまとめています。また、検査基準、入院基準、処方例、患者への説明例も記載し、産婦人科の非専門医でも自信をもって対応できる構成としました。さらに、手技のシェーマも豊富に掲載しており、ポケットブックでありながらも産婦人科専攻医にとっても日常臨床に役立つ内容となっています。このような本書の最大の特長は、第一線の臨床現場で活躍中の著者2人から研修医へのすぐ使える実践的なメッセージで構成されていることにあります。
還暦過ぎまで産婦人科医として走り続けてきた私から見ても、産婦人科は今でも非常にやりがいのある魅力的な診療科です。産婦人科の非専門医にも、産婦人科診療の面白さとともに、産婦人科が女性の生涯のヘルスケアも大きく担っている唯一の診療科であることを知っていただけるように監修しました。
本書「産婦人科ファーストタッチ」とともに著者も監修者も成長途中です。ぜひ皆様からの忌憚のない貴重なご意見をお待ちしています。
新潟市民病院 産科部長 患者総合支援センター長(スワンプラザ)
倉林 工
序
アメリカのテレビドラマ「ER」をご覧になったことはあるだろうか。シーズン1第19話「Love’s Labor Lost」についてお話しさせていただきたい。
ERで働く内科医グリーンは、胃痛を訴える妊娠38週の妊婦を診察する。蛋白尿は陽性、血算は正常のため、グリーン医師は膀胱炎と診断しいったん帰宅させる。ところが、妊婦は病院駐車場で子癇を起こす(時刻は19:15)。妊婦は再度ERへ運ばれ、硫酸マグネシウムを静注されるも再度子癇を起こし、ジアゼパムを投与される。
その後妊婦の容体は落ち着き、グリーン医師は経腹超音波でbiophysical profile score 8点以上を確認し、胎盤に関し問題ないと判断する(19:40)。内診では子宮頸管は熟化していたため、産婦人科専門医と電話で相談のうえオキシトシンによる誘発分娩が必要と判断し、妊婦と夫から同意を得る。以下、その後の時系列である。
22:12 内診で子宮口5cm、展退度90%、station -2、CTGで遅発一過性徐脈を確認。
0:45 産婦が硬膜外麻酔を希望し処置を施す。このときも遅発一過性徐脈あり。
2:30 内診で子宮口8cm、展退度100%を確認。胎児徐脈であったため、子宮内へ生食を注入する。
3:15 分娩が近づき産婦人科専門医を何度もコールするも、応援がないまま子宮口全開大となったため、児の娩出を試みる。
4:13 専門医が来ないまま肩甲難産となりHELPERR手技を実施するも児の娩出には至らず。Zavanelli手技を行い、帝王切開を決定する。血圧は170/120mmHg。その後手術室で子癇を起こしたため気道確保し、血圧200/130mmHgに対しヒドララジンを投与。周囲のスタッフがパニックになっていたため、グリーン医師はいま起こっている状況を評価したうえでメンタルモデルの共有をスタッフと行い、帝王切開を開始。その後児を娩出するも、胎盤剥離後に大量出血に気付く。
4:42 新生児蘇生を行い、新生児科医到着後、蘇生成功。
4:45 産婦人科専門医が手術室に到着し手術に加わる。
5:30 閉腹する。
5:35 褥婦が再度急変。
5:42 除細動施行。グリーン医師は延々と救命処置を続ける。
6:46 産婦人科専門医が褥婦の死亡を宣言。
周産期における急変が幾度となく出現するので壮絶な展開だが、本書で扱う項目が幅広く扱われているストーリーである。
近年、ご存じのとおり産婦人科を目指す研修医は他科より少数といわれつづけているが、日本でもプライマリケア医が周産期医療に関わる施設もあるし、general physicianを目指すのであれば女性の一生を扱う産婦人科の研修は避けて通れない。
このストーリーの細かなアセスメントは置いといて、グリーン医師はなかなか応援に来ない産婦人科医へ“CUS”のメッセージを送っている。CUSとは、
I am Concerned! 「気になります、心配です」
I am Uncomfortable! 「不安です」
This is a Safety issue! 「安全の問題です」
のことで、確固とした態度で、かつ相手に敬意をもって是正措置を主張(アサーション)する方法である。
産婦人科はチーム体制が最も大切な診療科と考える。共同執筆者の石田と私は海外医療に従事していた時期があるが、さまざまな国からやってきたスタッフと強固なチームを形成する苦労を経験している。しかしそこから逃げ、独りよがりの医療提供をしてしまえば、それは必ず医療事故の元となる。
チームとして動くとき、目の前で起きている事象を認知・評価・判断するために頭の中に形成される思考の流れ(メンタルモデル)は、他のスタッフへ共有する必要がある。このときに欠かせないのがCUSをアサーションすることである。また、安全で質の高い医療を提供するためには、エビデンスに基づいたツールである「チームSTEPPS」を活用することも重要である。チームSTEPPSはコミュニケーション、リーダーシップ、状況モニター、相互支援の4つのスキルを柱としているが、このうち相互支援をするうえでもCUSは重要な役割を果たす。
どの科で研修していても、立場の弱い研修医は上級医にアサーションをしにくいかもしれないが、もし本書を確認し、“I am Concerned”なら是非とも報告してもらいたい。それはあなたがチーム医療に加わると同時に、複数の命を守ることにもつながるからだ。
産婦人科は自身のモチベーションがあれば真のgeneral physicianを目指すことができる。是非本書を利用して日々の診療の研鑽を積んでいただきたい。
にしじまクリニック院長
西島 翔太