2026.02.19

救急・急変現場の確かな判断を支える薬剤師の思考術

 月刊薬事の連載時から多くの読者から支持され、1年半のブラッシュアップ期間を経て書籍化した「救急・ICU・病棟ですぐに役立つ!フローチャート薬物治療」。
 救急・集中治療領域では、「いま目の前の患者に何をすべきか」という具体的な、瞬時の判断を支える情報源が役立つ。本書は、そうした現場の判断を支えるための薬物治療を視覚的に紐解いた一冊だ。
 今回は、本書の編著者である佐野邦明氏(獨協医科大学埼玉医療センター薬剤部)に、救急・集中領域への理解を深め、確かな判断を支える思考プロセス、そして本書に込めた想いや活用法について話を聞いた。

救命救急センター配属初日に感じた「無力感」が原点

――救急・集中領域の薬物治療への理解を深めたきっかけは?

 きっかけはやはり救命救急センターへの配属です。当時、病院薬剤師として10年近いキャリアを積み、それなりに知識や経験も備えていた自負はありました。しかし配属初日に目のあたりにした救急の現場で飛び交う専門用語や心電図モニターの波形、研修医たちのプレゼンテーション……そのすべてが別の世界の言語のように感じられ、チームの一員として動けない、薬剤師としての立場がない――と、悔しさとあまりの無力感に打ちひしがれたことを今でも鮮明に覚えています。
 そんな状態をいち早く脱却すべく、業務外の時間には国内外のガイドラインや文献を読み込み、 他職種と知識レベルを同等にすることをまずは意識。そして、煩雑な投与方法について正確に提案・助言することはもちろんのこと、医師が薬物治療で迷う場面では各選択肢の利点を整理し、根拠に基づいた見解を示すように努め、チームの一員として薬剤師の必要性を意識しながら研鑽を重ねる日々が始まりました。
 こうしているうちに、徐々に薬剤師として主体的にチームの意思決定に参画できるようになり、医局長より研修医教育を任せてもらう機会も増えていきました。この一環として制作したてんかん重積状態のフローチャートがきっかけとなり、月刊薬事での連載がスタートしたんですよね。

てんかん重積状態の薬物治療フローチャートと対応する解説

 

治療・処置の流れを視覚的にまとめた「フローチャート薬物治療」


――本書の制作過程では、かなり膨大な文献にあたられたと伺いました。

 そうですね。文献数が充実している点も本書の特徴の一つです。文献が多い理由としては、私自身の情報収集のスタイルが大きく影響しています。何かの薬物治療をインプットする際、まずは国内外のガイドラインを起点に、引用文献を芋づる式に辿る孫引きを繰り返し、エビデンスを徹底的に精査しながら情報を得るようにしています。本書を制作する際も、同様のやり方でアブストラクトから情報の質を見極め、信頼できる情報から得られた膨大なエビデンスを自らの症例経験と結びつけることで、現場の動きと連動する一つのストーリーとして言語化していくプロセスを辿っていました。本書には全34個のフローチャートが掲載されていますが、自分の経験の浅い部分には各領域のエキスパートの先生に執筆をお願いし、エビデンスと実際の経験を絡めた内容でそれぞれ制作しています。


――フローチャートを制作する際に心がけたことを教えてください。

 ガイドラインのみでは、緊迫した状況下で「具体的にどう動くか」を即座に判断するのは困難なケースが多いのが実態です。そこで、その他のエビデンスを現場レベルの実践しやすい形へ落とし込み、視覚的かつ瞬時に理解できるフローへと再構成することを重要視しました。また、監修の中村龍太郎先生による総数900を超える文献の確認や、最新情報への修正提案といった作業を経て、情報の信頼性は極限まで高められています。「現場で本当に使えるか」、「エビデンスとして最新かつ正確か」という問いを常にもちながら、修正を重ねて作り上げた点もこだわりの一つです。



現場で生じやすい疑問に答える具体性を追求して制作


――フローチャート化するうえで、特にこだわったポイントはどこでしょうか?

 最大のこだわりは、現場で生じやすい疑問に即座に答えることのできる具体性です。ガイドラインはあくまで「推奨」を示すものであり、「この薬剤を何mLの何に溶かし、どの速度で投与すべきか」という実務レベルで求める問いには答えてくれません。本書では単なる薬剤名だけでなく、具体的な溶解手順や投与速度、オーダー時の留意点まで網羅しました。
 また、従来の救急・急変対応の薬学書では手薄だった「外傷」や「アルコール離脱・せん妄」といった領域へ深く踏み込んだことも特徴です。 例えば脾摘後のワクチン接種は、当院では頻度が高くないゆえに、遭遇するたびに文献をひっくり返して調べ直すロスが発生しがちな領域でした。特に小児ではスケジュールが極めて複雑で、私自身も過去に情報の整理に苦労した経験があります。救急現場で求められる短時間の正確な回答を支える武器として、この項目は不可欠だと考え作成しました。

脾摘後のワクチン接種に関するフローチャート・表

 

患者の生活環境の変化を予測し、チームの負担を減らすことも薬剤師の役割


――「アルコール離脱・せん妄」についても、かなり実践的な内容ですね。

 そうですね。救急搬送される患者さんは、昨日まで元気だった人が突然、「入院」という劇的な環境変化に直面します。毎日飲酒していた人が突然断酒状態になれば、翌日には激しい離脱症状やせん妄を引き起こし、暴れてしまうことも珍しくありません。
 薬剤師が初診時の問診で、飲酒の量や頻度まで踏み込んで評価し、リスクを先回りしてチームで共有する。それによって適切な管理を提案できれば、他の医療従事者の負担軽減や安全な治療管理に直結します。これは薬剤師だからこそできる、極めて実践的な介入であると考えています。

 

目の前の患者を救う一つの武器として役立ててほしい


――最後に、読者の皆様へのメッセージをお願いします。

 本書に示したフローチャートは、そのまますべての施設で実行することを強制するものではなく、あくまで議論を深めるための「土台」として活用してほしいと考えています。チームで動く医療では、職種を超えて相談しあえる信頼性を構築していくことが重要であると考えています。医師にすべてを委ねるのではなく、共通の思考プロセスをもちながら、薬剤師としての考えも示していくことこそが、短時間での判断が必要な現場においてもチームで目の前の患者を救うための強力な武器となるのではないかと考えています。混沌とした救命現場で、時に立ちすくみながら、それでも挑み続ける現場の先生にとって、本書がその足を一歩前に進める確かな支えとなってくれれば嬉しく思います。

【書籍編集者から】

とにかく正確に、そして現場で役立ち、患者さんを救うものであってほしい――そんな執筆陣の想いが込められた書籍です。本書を土台に、皆さんの施設オリジナルのフローチャートをぜひ作ってみてください。

救急・ICU・病棟ですぐに役立つ!フローチャート薬物治療

定価4,180円(本体3,800円+税10%)

救急・急変対応時における薬物治療の指南書

救急・急変の現場では、瞬時の判断が患者の予後を左右します。本書は、薬物治療がカギとなる病態にフォーカスし、長年の臨床経験とエビデンスを踏まえて、複雑な治療の流れをフローチャートで整理しています。患者の状態に応じた薬剤選択や投与法などをすぐに確認できる形で示し、限られた時間でもエビデンスにもとづく確実な行動を後押しします。さらに、各プロセスに必要な知識や最新のエビデンスを要点ごとに整理し、理解と臨床での即応性を同時にサポート。救急・急変に苦手意識をもつ方でも、自信をもって“次の一手”を選べるよう導く実践的な1冊です。

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