【山本雄一郎のWebエッセイ】書き続けてもいいと思えた夜のこと

“怠けることさえできない”日常
どうも最近は、とかく気分が沈みがちだ。悲観主義は気分に属するといったのはアランだっただろうか。こんな沈んだ気分では、とても前向きになんてなれやしない。このエッセイだってそうだ。思ったほど反応がなく、唯一反応があったのは講演料の暴露めいた話くらい。じつに品がない。
「学術的なものだったら?」と他所で書いているコラムをみても、感触的にはなんら変わりがない。そう、いまや誰もが書き、放つ時代であって、ネット上は書かれたもので溢れ返り、そして誰もが忙しい。機械化やAI化が進んでいるにもかかわらず、なぜか皆、余裕がない。
君たちはみんな、激務が好きだ。速いことや、新しいことや、未知のことが好きだ。——君たちは自分に耐えることが下手くそだ。なんとかして君たちは自分を忘れて、自分自身から逃げようとしている。
もっと人生を信じているなら、瞬間に身をゆだねることが少なくなるだろう。だが君たちには中身がないので待つことができない——怠けることさえできない!——ニーチェ(丘沢静也・訳):ツァラトゥストラ(上).光文社古典新訳文庫、p90、2010
まさに今の僕だ。忙しさにかまけ、中身がぼやけてしまって、怠けることさえできていない。仕事のスケジュールはぎっしりで、生産性や新規性を求められ、余暇には刺激的なことを求めてしまう。ニーチェの指摘の通りだ。
札幌の夜に届いた読者の言葉
まあでも、エッセイやコラムの反応がないなんてことは今のご時世、デフォルトだ。基本は凪で、炎上という名の“暴風雨”がないことが何より良いことなのだ——。そんな落としどころで沈んだ気分をコントロールしつつ、日本薬局学会の学術大会で札幌に滞在していた夜、僕は評判の海鮮店でMR時代の同期とお互いの近況を語り合っていた。いまでは僕と同じ薬局経営者となっていた彼は、業界の話題もそこそこに、唐突にこう切り出した。
「雄一郎のエッセイ、あれ、いいよな。俺も襟を正したよ」
不意を突かれた。まさか、このエッセイを知っていて、読んでくれていたとは。偶然見つけたのか、それともX(旧Twitter)のポストが届いたのか、とにかく彼は僕の読者だった。とくに「新入社員への祝辞」が心に残ったらしい。
「患者さんのほとんどは人生の先輩って、ほんと、そうよな」
手酌でビールを注ぎながら、彼はしみじみと言った。僕はあたふたしながら、やっとのことで言葉をかき集めて感謝を伝える。
「マジ…ありがとう」
なんて貧弱な…。語彙力のなさが嫌になるが、それ以上に、ただただ嬉しかった。
店を出ると、狸小路商店街はハロウィンの仮装をした人々で溢れかえっていた。右も左もわからない僕らは、人混みから逃げるようにウサギの耳で有名なBarへと吸い込まれ——。もう50歳だというのに懲りないが、これもそのうち笑い話になるのだろう。
同期に別れを告げ、酔い覚ましにとホテルまで一人歩く。「エッセイとか、なんでやってるんだったけな」と独り言ちながらも、さきほどの言葉が背中を押したのか、ホテルに着く頃には「せっかくだし、もうちょっと続けてみよう」という気になっていた。
美しさに鈍くなった心と向き合う
札幌から九州に戻ると、博多駅のイルミネーションが点灯していた。「壮大な64万球のイルミネーションでJR博多駅前広場を彩る」らしいが、広場から駅構内にかけての人の多さよ…。これが年明けの連休まで続くかと思うと、ややうんざりする。そして、疲れていたこともあったせいか、美しいものを素直に美しいと思えない自分に気づいてはまたもやしょぼくれてしまうのだった。
1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。
