【山本雄一郎のWebエッセイ】無趣味は、どこへ流れるのか?

ごくまれにだが、メディアの取材を受けることがある。薬剤師の仕事や技術について語り、現場で働く人たちにエールを贈るといった内容になることが多いのだが、肩書の多さが祟ってか、あらぬ方向に話が逸れていくことがある。この日も、「ストレスが溜まったときにはどうしていますか?」といった、おおよそ想定していなかった質問が飛んできた。
「ストレスが溜まらない環境で仕事している人間なんていないでしょう」とでもあしらっておけばよかったのだが、根が正直な僕は、う~んと考えこんでしまう。趣味といえるものはないし、ケガが怖くて、ボールを蹴ることすらもすっかりなくなってしまったからだ。僕は弱ったときに何に逃げ込んでいるのだろうと逡巡してみても、読書くらいしか思いつかない。
筆者: 読書ですかねー、本を読んでいる間は嫌なことを考えずに済みますから…。
記者: では、最近読んだなかで面白かった本を教えてください。山本さんの人生に影響を与えた本も紹介していただけますか?
記者から矢継ぎ早に質問が繰り出される。「もっと他に訊くことはないの?」「これが何かの役に立つの?」と少し訝しみながらも、質問に答えていく。
僕が逃げ込む本の世界
最近読んだ面白い本として挙げたのは、『積読こそが完全な読書術である』『再読だけが創造的な読書術である』(ともに永田希著、ちくま文庫)だった。情報の濁流に身を置いている僕たちは、積読でその濁流にのみこまれないように企み、再読で自分の時間を守っていく。そう訴える内容に深く賛同したところだった。
また、人生に影響を与えた本については、次の一節を紹介した。仕事に慣れ、面白みを感じられなくなってきたとき、僕を再び動かしてくれた言葉がこれだったからだ。
ひとは大人になって、高さを忘れる。平行になじんで、垂直を忘れる
-長田弘:記憶のつくり方.朝日文庫、p49、2012
大好きな詩人、長田弘さんの「ジャングル・ジム」という詩の最後のフレーズだ。ジャングル・ジムは高いところに登るから面白いんであって、平行に移動しているだけで楽しいはずがない。仕事も同じだ。平行になじんでいる場合じゃない。とりあえず一回登ってみるか、そう思ったことを思い出した。
とりあえず、一回登ってみる
7月最後の日曜日、ひさしぶりの休みがとれた。とくに予定はない。“日曜だからって、何かいい事があるかと思うのは間違いだ。人生は、平凡なものなんだ”と太宰も言っている。
だからといって、このままクーラーの利いた部屋で本の世界に逃げ込んでいるだけならば、それこそ老後が心配だ。しかし外では、熱中症警戒アラートが発表され、熱中症の搬送患者数は倍増しているらしい。であるなら、ドライブだ。せっかく自然豊かな九州に住んでいるのだし、おまけに車内なら快適だ。そう思い立ち、スマホで目的地を物色すると、ほどなく目に留まったのが竹田だった。
大分県竹田市は、1594年に整備された岡城の城下町である。武家屋敷通り、白壁の古い建物、そして湧水の水音が響くレトロで風情ある街並みが特徴らしい。そして、『荒城の月』を作曲した滝廉太郎ゆかりの地でもある。歴史、景観、芸術と盛りだくさんではあるが、熊本の僕の家からは2時間もかからない。趣味初心者の僕には、ちょうどいいかもしれない。
風情ある街並みに着いたはいいが、駐車場が見つからない。炎天下のなか、少し後悔しながらも、てくてくと歩く。あっという間に全身がべとべとだ。暑すぎて景観を楽しむどころではなかったが、滝廉太郎記念館では素直に来てよかったと思えた。まさに「人生は短し、芸術は長し」だった。
湧水の町で出会った言葉
帰路、竹田の湧水群に立ち寄る。道路沿いの水汲み場では、地元の人だろうか、20リットルくらいのポリタンク二つにいっぱいの湧水を汲み、台車で運んでいた。僕も空のペットボトルに湧水を汲み、水分補給しつつ水田地帯へと向かう。農家の水争いを回避するために生まれたという円形分水の看板には「水は農家の魂なり」とあった。
平行になじまないよう垂直を目指して出かけた先で、僕が見つけたのは、先人たちの願いを宿し、水平に美しく広がる水だった。昔の人は偉大だ。
1998年熊本大学薬学部卒。製薬会社でMRとして勤務した後、株式会社ファルマウニオン(本社:福岡市城南区)の前身である有限会社アップル薬局に入社。2014年1月から日経ドラッグインフォメーションOnlineコラム「薬局にソクラテスがやってきた」を連載(全100回)。2017年3月『薬局で使える実践薬学』(日経BP社)、2022年10月『誰も教えてくれなかった実践薬学管理』(じほう)、2024年3月『ソクラテスが贈る若手薬剤師研修テキスト~薬局薬剤師として輝くために~』(kindle)、2024年9月『誰も教えてくれなかった実践薬歴 改訂版』(じほう)を発刊。2017年4月より熊本大学薬学部臨床教授、同年8月より有限会社アップル薬局の代表取締役に就任。2024年1月より合同会社ファーマエディタ代表社員。有限会社アップル薬局の吸収合併に伴い、2025年1月より株式会社ファルマウニオンの代表取締役に就任。
