国内においても海外においても、緩和ケアはがんを中心に行われてきました。私が緩和ケアの診療を始めた頃、「なんで、がんの患者さんだけ特別に扱われているのだろう?」と不思議でなりませんでした。当時、呼吸器疾患の終末期の呼吸困難にモルヒネを使用したときに、「そんな危険な薬を使うなんて」と、別の医師から叱責されたことは今でも記憶に残っています。
近年では非がん患者さんに対する緩和ケアの重要性も認知され、少しずつ広がってきました。今後、医療者は非がん患者の緩和ケアに関する対応を求められる機会が増えてくることが予想されます。これまでも、いくつかの非がん患者の緩和ケアに関する書籍が発行されていますが、困ったときにすぐに使える実践書というものはあまりなかったように思います。本書は、非がん患者の緩和ケアに携わる医療者が困ったときに手にとる実践書という位置づけで編集を行いました。
非がん疾患には、本書であげた疾患以外にも、当然多くの疾患が含まれます。ただ、すべての疾患を網羅するのは現実的ではありませんので、本書では、緩和ケアのニーズが高く、今後緩和ケアサービスへの相談が増加することが予想される、心不全、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎臓病(CKD)、肝硬変、認知症、神経難病を取り上げました。
本書には、いくつかのおすすめポイントがあります。
1つ目は、腎不全、肝不全というこれまであまり扱われてこなかったテーマを扱っています。今後、緩和ケアがさらに多くの疾患を対象に提供されるようになることを考えると、幅広い疾患の基礎的な知識を知っておくことが必要になります。特に本書では、各疾患における標準的な治療についても記載しており、専門外の医療者にとっても利用しやすいよう必要な情報が簡潔にまとめられていると思います。
2つ目は、実践書として総論は極力減らし、目の前の患者さんに対処するための具体的な対応を中心に記載しています。特に処方については、具体的な処方例を記載しています。本書では各領域の専門家の先生方が、エビデンスに基づきながら、一方でエビデンスが乏しい場合には日常臨床での実践内容を紹介してくださっています。
3つ目は、各疾患の社会的なサポートについても触れています。ご自身の専門領域については、さまざまなソーシャルサポートの制度を理解しているかもしれませんが、専門外の疾患におけるさまざまな制度までは把握していないことも多いのではないでしょうか。これまでソーシャルサポートについて詳しく記載した臨床の書籍はあまりなかったと思いますので、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
4つ目は、非がん患者の緩和ケアで役立つ心身医学のエッセンスをコラムで複数取り上げました。私は心療内科医ですが、日常臨床で心理療法のエッセンスを少し使うだけで、ずいぶんと診療がスムーズに運ぶことを多く経験しています。
5つ目は、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)について患者さんと話し合う場面を取り上げた事例を、疾患ごとに記載しています。もちろん、すべての患者さんに利用できる会話例というものはありませんが、専門家がどのような会話をしているのかを知っておくことは、きっと臨床に役立つと思います。
また、第2版を編集するにあたって、初版発刊後に出てきた新たな知見をしっかり盛り込みました。そして、初版においてやや理解が難しかったかもしれない箇所を拾い上げ、読者のみなさんがより理解しやすい表現に修正しました。さらに、地域医療につなげるための退院支援のポイント、臨床に役立つコラムを追加しています。初版を読んでいただいた方にも、きっと新たな発見があると思います。
本書が、非がん患者の緩和ケアに携わっている、もしくはこれから携わ方々の臨床の一助になり、患者さんやご家族の症状緩和やよりよい生活につながれば幸いです。
最後に、各領域の第一線でご活躍され、ご多忙のなか執筆いただいた諸先生方、呼吸器疾患以外の知識に乏しい私が助けを請うたのをきっかけに共同編集者になっていただき、幅広い知識をもとに適切なコメントとご協力をいただいた山口崇先生、いつも穏やかに、しかし熱意をもって本書の編集をサポートしてくださったじほうの関口美紀子氏に厚く御礼申し上げ緒言とします。
2023年初春
編集代表 松田 能宣