プロの仕事を堪能できる1冊
狭間 研至(ファルメディコ株式会社 代表取締役社長)
難しいことを難しく説明することや、やさしいことをやさしく説明することは誰にでもできる。本当のプロは、難しいことをやさしく説明できるのだそうだ。この10年ぐらい、薬剤師とバイタルサインの関わりや、在宅医療で果たすべき仕事、薬剤師がもつ専門性など、少なからずわかりにくいことをわかりやすく説明しようとしているが、なかなかプロになるのは難しい。
薬剤師にとっての薬歴は、医師のカルテ同様、本当に奥が深い。大学受験で数学の答案用紙には、頭のなかで何を考えたかが如実に表れるのと同じで、薬歴やカルテには、薬剤師や医師が一体何を考え、どういう結論に行き着き、これからどうなっていくのかという見通しが明快に記載されるべきもので、当日の出来事を日記のように記録すればよいのではないはずだ。では、どうすればよいのか。
本書では、この難しい概念がじつにわかりやすく説明されているが、その原因は3つある。1つめは、筆者の豊富な臨床経験だ。現場に立つ薬剤師だからこそわかる事例や秀逸な言葉の選び方は、読者をぐいぐい引き込んでいく。2つめは患者の状態を読み解く基礎となる薬学的知識である。専門性を発揮して治療の質を向上させ、患者の問題を解決していくさまは圧巻である。そして、3つめは筆者のもつ博識だ。本文のなかにはさまざまな引用があるが、その引用元の幅広いこと。専門書から一般向けの書籍まで、薬学にこだわらない分野に基づく考察は読む者を飽きさせない。
これら豊富な臨床経験と、専門知識、そして幅広い知識とは、よく考えてみると、優れた臨床家に求められる必須条件である。優れた臨床家が、自身の思考回路や患者へ接する態度などを薬歴という切り口で解説することで、多くの方が膝を打つ内容になっているのだ。これぞ、まさにプロの仕事。ぜひ手許に置いて、ご堪能いただきたい。
平田 純生(熊本大学薬学部附属育薬フロンティアセンター長・臨床薬理学分野教授)
「薬歴なしで投薬するなんて怖くて」と著者の山本雄一郎先生は言う。同感である。私も病院薬剤師だった頃は患者の病歴や薬歴、検査データなどを調べ尽くしてからでないと、患者さんのベッドサイドに怖くて行けなかった。
服薬指導に時間をかければかけるほどよい、とは思っていない。必要な薬歴が記録でき、患者さんの薬物療法を矛盾なく説明できるのであれば、患者さんとの面談時間の長さは問題ではないのだ。患者さんのカルテや検査値を見ることのできない薬局薬剤師であっても、薬歴を通じて患者本位の服薬指導は実践できる。そう、本書はそんな気持ちを思い起こさせ、「今日から、明日からやってみよう、やらなくっちゃ」という気にさせてくれる実践的な本なのである。内容はどちらかというと薬局薬剤師向けだが、処方内容に対する疑義照会だけで終わらず、この薬を使うと何が起こりうるのかを想定した継続的なモニタリングを提案している。それは、本書の3章を読めばよくわかる。「薬物療法って、本当に奥深いな」ということを教えてくれるので、面白くて夢中で読んでしまった。チアマゾール、スボレキサント、降圧薬と血圧変動因子、風邪薬の配合剤などを例に、薬歴を考えるための深いエッセンス、そして基本的に薬剤師とはどうあるべきかという“薬剤師論”がみっしりと詰まっている。もちろん、薬歴の記載法といったノウハウも他章にうまくまとめられている。
病院薬剤師は、医師からいろいろな情報を得ることができる。でも、ミニドクターではなく薬剤師としてのアイデンティティは保ってほしい。それは、薬を効かせたいと考える医師と患者の安全を担保したいという異なる視点をもった薬剤師が協働することで、初めて患者さんのためのより良い薬物療法が実現できるからだ。そのために、ぜひ病院薬剤師にも読んでいただきたい。特に新人の病院薬剤師と、これから変わろう、変わりたいという意思をもった病院薬剤師に。
古久保 拓(仁真会 白鷺病院薬剤科 科長)
彼はノートを持ち歩いている。こぼれ落ちそうな言葉を拾い上げるために。そして言葉は彼の体内で解釈され、幹から枝が分かれるように意味が広がっていく。
薬歴とは何でしょう? 「薬学を通して患者を理解するためのツールである」と彼は言います。つまり、本書ではツールの実践的な使い方を学べます。何のために薬歴が必要なのかという単純な問いに対していくつものヒントを与えてくれます。医師と異なる視点をもつこと、薬学の正しい知識からもたらされる論理的考察で構成されることとならび、「物語」として「継続性」が備わっていることが大切だと説いています。すると薬歴は、合理的な思考に過去から未来に向かう時間が合流した大切な個別の記録(メモリー)と計画(プラン)になります。彼が言葉を拾い上げて意味を含ませるように、患者さんの情報を整理・解釈し、薬がもたらす危険を回避しつつ未来に備え、効果を確認して喜びを分かち合うということ。このツールがこんなにも価値を生むものだったのか。読者はそんな体験をするに違いありません。
また、薬歴をつけるということは薬剤師のスキルや感性を磨く訓練でもあることを教えてくれます。明確な意思を感じる薬歴を目にすると、おそらく根拠ある行動が確実に遂行され、高められたツールの有用性をすぐに実感できるでしょう。基本的なルールを守りつつ、薬剤師それぞれの新たな一歩を足して薬歴にどんどん意味をもたせてみましょう。薬物治療に関連する多くの喜びを患者さんに、そして実践している薬剤師に届けてくれることでしょう。
埋もれていた核心を拾い上げ、解釈が加えられることに感動する。それにこそ意味を与えてほしかったのだと。こぼれ落ちそうな言葉から広い知識と深い洞察を加え、ここまで実践的思考にまとめ上げたユウ先生に感謝です。
川添 哲嗣(つくし会 南国病院)
本書はおそらく、いや間違いなく「患者さんのため」に書かれた本だと思う。もちろん「薬歴の記載法や内容に悩む薬剤師のため」にも書かれているが、それを実践すれば患者さんのための薬物療法に直結するのだから、結局は「患者さんのため」なのだ。本書の「はじめに」を読むと、山本氏の言葉にもその思いが書かれている。
1~2章は基本的な薬歴の書き方、考え方から始まる。POS、SOAP形式でうまく書くポイント、薬識(薬に対する認識)、そしてなんと私が昔から語る「暮らしが先に来る思考回路」まで盛り込まれ、多角的に薬歴を組み立てられるように構成されている。3章では薬学的データの薬歴への落とし込み方が具体的に解説され、4章では高齢者の高血圧や糖尿病、漢方治療などに対する薬学的管理にあたって診療ガイドラインをどう活かし、どう薬歴に記載するかといったポイントまで書かれている。そして5章では、薬歴を通して学び、研修することについて、実践的な内容を通して解説されている。
あと、最後にお願いを一つ。本書は薬局だけでなく病院薬剤師にも読んでほしいと、心の底からそう願う。検査値やバイタルデータといった客観的情報が豊富な病院では、データ先行になりやすいが、本書をもとにすれば薬剤師視点の多角的なアプローチができ、薬歴の記載内容も充実するに違いない。薬歴の充実を通して薬剤師は自信をつけて成長し、その結果、適切な薬物療法が提供されるのであれば、それは患者さんの笑顔につながるのだから。