掛屋 弘先生(大阪市立大学大学院医学研究科臨床感染制御学 教授)
細菌学はとっつきにくい学問である。まず、微生物の名前が横文字で覚えられない。また、抗菌薬名も意味不明のカタカナで記憶に残りにくい。そのため細菌学や感染症学から遠ざかる若い医師や学生があるものと推察する。私もそうであった。この難題を解決してくれる入門書が登場した。
著者の染方史郎は金子先生の世を忍ぶ仮の姿であるが、ご推測のとおりその名は、「細菌学の基本であるグラム染色の染色方法(染(め)方)を知ろう(史郎)」というダジャレに由来する。
本書にはバイキンズと命名されたキャラクターが随所に登場する。学生の教育のために制作されたキャラクターはとても愛らしい。そのキャラクターには随所に工夫が散りばめられている。グラム陽性菌は基本的に青色、グラム陰性菌は赤色のコスチュームを身にまとう。一番人気のマイコプラズマ姫は、黄色の着物を着た舞子さんである。マイコプラズマはグラム染色では青にも赤にも染まらない。だから黄色の着物なのだ。
長いしっぽとグロテスクな緑色の顔をもつ緑膿菌は、厄介な感染症を引き起こすイメージそのものである。一方、恐竜をモチーフにしたアシネトバクターは恐竜なのにしっぽがない。疑問に思って著者にその理由を尋ねてみた。「緑膿菌には鞭毛がありますが、アシネトバクターには鞭毛がありませんから」との回答。これは深い知識を有する細菌学者でなければ書けないキャラクターと感服した。
細菌の「金子の分類」はたいへん興味深い。基本的に宮殿(体の中)でしか生きられない皇族系(例:ハイエンキューキン王、インフルエンザキンXV世女王)、どんな環境中でも生きられる庶民系(例:ブドウキューキン族、ダイチョーキン)、レアキャラで治療がしにくいモンスター系(例:リョクノーキン、アシネトバクター)、猛毒をばらまく異星人系(例:ディフィシル)と分類される。伝統的な細菌学者からはお叱りを受けるであろうが、この分類のほうが実践的な気がする。
さらに圧巻は耐性菌機構の解説である。①抗菌薬を無毒化する、②体質を変化させる、③取り込まない、④吐き出す。さらに耐性の獲得機構を、「抗菌薬に鍛えられて強くなる」や「アイテムをゲットする」等々、いままで難しい医学用語で難解だった耐性機構をズバ~っとわかりやすく解説してくれている。余談ではあるが、ゲーム感覚で微生物・感染症の勉強ができるバイキンズカードなるものまで存在するのだ。このような「薬剤耐性をわかりやすく伝える」取り組みに対して、2019年10月農林水産省の薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰において「文部科学大臣賞」を授与されたことは、感染症に携わる者として非常に喜ばしいことである。
本書は、医学生や研修医、薬剤師、看護師、微生物検査技師など、多くの医療関係者にとって最良の入門書となるに違いない。でも私は、あえて本書を感染症専門医にも推奨したい。専門医が同僚やスタッフに感染症診療をいかにわかりやすく伝えることができるか、本書がそのヒントを与えてくれるバイブルになると信じてやまない。
浜田幸宏先生(東京女子医科大学病院 副薬剤部長)
薬剤師はどうしてもクスリからその薬理作用を考え、そのクスリが何(どの細菌)に効くかという順で考えがちです。その考えが悪いということでなく、本書のように細菌学の視点からなぜこのクスリが効くのかという原点に立ち返って読んでいただくと、目からウロコの発見が得られるかもしれません。
実際に本書を眺めてみて、読んでみて、少しは勉強してきたであろう私自身が理解していなかった点を再認識させてくれたことも少なくありませんでした。無理やりに知識を詰め込んでいた薬学生や初学者のときを思い出すと、そのときから読んでおきたかったと感じました。
イメージしてほしいのですが、小学生のときに歴史の漫画を見て、時系列で登場人物や出来事を違和感なく覚えた方は少なからずおられると思いますが、本書は漫画形式で細菌学の基本がスムーズに身につく、“あの時”の感覚に陥ります。
他方で、あとがきには著者の金子先生から“本書の出来上がりを楽しみにしていてくれた家族”への言葉が寄せられており 、この一文を見ても先生のお人柄を垣間見ることができます。私も本書を4歳の双子の息子に絵本のように読み聞かせたところ、翌日もその翌日も子どもたちから読んでほしいと催促されました。彼らはキャラクターに目を奪われ、特にアシネトバクターを大好きな恐竜として覚え、子ども用にさらに砕けた表現で説明したところ、悪者をやっつけろとか、やっつけるためにはクスリはきちんと飲まないとねと。また、サイキン作り話(p.137)は物語になっていることから記憶に残りやすいようで、何度も読んでほしいと催促された次第です。
次世代と言うにはまだ程遠い年代ですが、そんな小さい子どもからも興味をもってもらえる本書は、まさにタイトルどおり、楽しく・覚えず・好きになる細菌学×抗菌薬が実感でき、未来のAMR対策の礎になることを期待してしまう書籍です。
玉上麻美先生(大阪市立大学大学院看護学研究科母性看護学 教授)
この本は、菌と薬のイロハがやさしくわかる感染症入門書です。かわいいイラストの表紙に、看護学生の頃、細菌学がとても苦手だった私はワクワクした気持ちでページをめくりました。ですが、目次の細菌名の羅列を見て、そっと閉じてしまいました。
いや、待てよ、細菌学をもっと身近に広めたいと活動されている染方史郎、もとい金子幸弘先生がタイトルに「楽しく 覚えず 好きになる」と付けておられるのだからと、金子先生を信じて読み進めました。
第1章は、先生が考案された細菌の新分類「金子の分類」のキャラクターと解説から始まり、笑いつつ、ほぉぉとうなずいて読むことができます。「細菌の超キホン」も、覚え方などわかりやすく書かれています。患者様の検査結果を見るとき、長ったらしい細菌名を解読するのが苦手でしたが、「細菌の本名」の法則を知れば理解しやすいと思いました。ただし覚えるのは大変なので、この本を病棟に置いて、いつでも見られるようにするのがお勧めです。
本当は第1章の総論を理解したうえで、第2章以降の細菌学編、抗菌薬編を読むのでしょうが、私はときどき第2章の好きなキャラ順(私の第1位は皇族系・グラム陰性・インフルエンザキンXV世女王です)に読んでいます。そこでわからない項目や単語は第1章に戻って復習、理解する戦法です。
昨今のようにさまざまな感染症が出現し、その感染症に罹患する多くの患者様への看護ケアを実践するためには、医師の指示する検査と検査結果および治療を正しく理解することが必要です。看護者として、感染症に罹患し、つらい症状や不安になっておられる患者様に対応するためにも、感染症の入門書であるこの本を手に取り、活用しませんか?